国際連盟の対日非難決議 (日本外務省)
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/03/17 06:43 投稿番号: [17145 / 41162]
>> ほう、、?それで、、東京大空襲や大阪
名古屋大空襲、広島、長崎の原爆投下、、、
これらも国連で非難決議されたか? (笑)
> それはな、南京爆撃非難決議に根拠がなかったという理屈にしかならない。、日米戦争中に国際連盟が機能していたとでも思うのか。
あほちゃうか?(笑)
国連が機能してないからだったか、、南京爆撃批難決議 されなかった?(笑)
日本も国連を脱退してんだがね、、そして連合国軍と戦う羽目になっちゃったんだよね。
日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞 ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
日本海軍の爆撃に対する世界の非難が高まる中でイギリスは「都市爆撃に対する国際連盟の対日非難決議 」を提出し、9月28日「全会一致で採択した」(日本は1933年に国際連盟を脱退)
「日本航空機による支那における無防備都市の空中爆撃の問題を緊急考慮し、かかる爆撃の結果として多数の婦女子を含む無辜の人民に与えられたる生命の損害にたいし深甚なる弔意を現し、世界を通じて恐怖と義憤との念を生ぜしめたるかかる行動に対しては、何ら弁明の余地なき事を宣言し、ここに右行動を厳粛に非難す。(日本外務省「日本外交年表 竝主要文書下)
10月5日アメリカ大統領ルーズベルトは、シカゴにおいて、侵略国を伝染病に例え、国際社会の健康を守ためには隔離すべきだと「隔離演説」を行った。
「宣戦布告も警告もなく、又、正当な理由もなく婦女子を含む一般市民が、空中からの爆弾によって仮借もなく殺戮されている。戦慄すべき状態が現出している。この様な好戦的傾向が漸次他国に蔓延する恐れがある。彼らは、平和を愛好する国民共同行動によって隔離されるべきである」
(支那事変陸軍作戦)
ブリュセルで開催された9カ国条約会議(11月3日〜24日)
国際条約違反国日本に対して制裁措置が検討されたが、日本の中国侵略に対して警告を発しただけで終わった事は、日本軍部の強硬派、海軍軍備拡大主義者の間に「米英あえて恐れるに足らず」とする増長意識が生まれた。
9カ国条約=1922年にワシントン会議において、米、英、仏、伊、オランダ、ベルギー、ポルトガル、中国、日本の9カ国において調印された中国における条約である。中国の主権と独立とその領土的、行政敵保全の尊重および各国の中国に関する門戸開放、機会均等などを規定、日本の中国侵略は、この条約に違反するものである。
激しい国際世論の非難にも関わらず、海軍航空隊の南京空襲は激しさを増していた。
「南京に対してどれほどの空襲をやったかと言いますと、空襲回数36回 飛行機の延機数は600機、投下爆弾は 約300トンであります」(海軍航空本部教育部長大西龍次郎 、11月15日経済クラブ講演)
8月15日から10月15日までの間の2ヶ月間に65回の空襲があり、被害は南京城区の全区域におよぶ(侵華 日軍)
日本海軍の記録では8月15日の渡洋爆撃に始まって12月13日の中支那方面軍の南京占領に至るまで海軍航空隊の南京空襲は54回に及び、参加延機は936機、投下爆弾は数百屯に達する。(海軍省海軍軍事普及部支那事変における海軍の行動)
南京は2日半に1回の空襲を受けた事になる。連日の空襲により、約130万人の人口を数えた南京市民は政治、経済、生活の機能はマヒし、多くの南京市民は富裕な階層から淳に遠隔地へと避難して行った。
国民政府が首都南京を放棄し、重慶に遷都する事を宣布し、実質的な首都機能をもつ漢口に政府、軍機関、教育、経済施設などが移転していくと、南京は防衛軍をのぞいて、4〜50万人の市民、難民だけが残留する死の街となったのである。
これらも国連で非難決議されたか? (笑)
> それはな、南京爆撃非難決議に根拠がなかったという理屈にしかならない。、日米戦争中に国際連盟が機能していたとでも思うのか。
あほちゃうか?(笑)
国連が機能してないからだったか、、南京爆撃批難決議 されなかった?(笑)
日本も国連を脱退してんだがね、、そして連合国軍と戦う羽目になっちゃったんだよね。
日本海軍機による無差別都市爆撃による民間人の殺害は米国、英国など欧米諸国においては早い段階から新聞 ラジオ、ニュース映画などで世界に報道された。
日本海軍の爆撃に対する世界の非難が高まる中でイギリスは「都市爆撃に対する国際連盟の対日非難決議 」を提出し、9月28日「全会一致で採択した」(日本は1933年に国際連盟を脱退)
「日本航空機による支那における無防備都市の空中爆撃の問題を緊急考慮し、かかる爆撃の結果として多数の婦女子を含む無辜の人民に与えられたる生命の損害にたいし深甚なる弔意を現し、世界を通じて恐怖と義憤との念を生ぜしめたるかかる行動に対しては、何ら弁明の余地なき事を宣言し、ここに右行動を厳粛に非難す。(日本外務省「日本外交年表 竝主要文書下)
10月5日アメリカ大統領ルーズベルトは、シカゴにおいて、侵略国を伝染病に例え、国際社会の健康を守ためには隔離すべきだと「隔離演説」を行った。
「宣戦布告も警告もなく、又、正当な理由もなく婦女子を含む一般市民が、空中からの爆弾によって仮借もなく殺戮されている。戦慄すべき状態が現出している。この様な好戦的傾向が漸次他国に蔓延する恐れがある。彼らは、平和を愛好する国民共同行動によって隔離されるべきである」
(支那事変陸軍作戦)
ブリュセルで開催された9カ国条約会議(11月3日〜24日)
国際条約違反国日本に対して制裁措置が検討されたが、日本の中国侵略に対して警告を発しただけで終わった事は、日本軍部の強硬派、海軍軍備拡大主義者の間に「米英あえて恐れるに足らず」とする増長意識が生まれた。
9カ国条約=1922年にワシントン会議において、米、英、仏、伊、オランダ、ベルギー、ポルトガル、中国、日本の9カ国において調印された中国における条約である。中国の主権と独立とその領土的、行政敵保全の尊重および各国の中国に関する門戸開放、機会均等などを規定、日本の中国侵略は、この条約に違反するものである。
激しい国際世論の非難にも関わらず、海軍航空隊の南京空襲は激しさを増していた。
「南京に対してどれほどの空襲をやったかと言いますと、空襲回数36回 飛行機の延機数は600機、投下爆弾は 約300トンであります」(海軍航空本部教育部長大西龍次郎 、11月15日経済クラブ講演)
8月15日から10月15日までの間の2ヶ月間に65回の空襲があり、被害は南京城区の全区域におよぶ(侵華 日軍)
日本海軍の記録では8月15日の渡洋爆撃に始まって12月13日の中支那方面軍の南京占領に至るまで海軍航空隊の南京空襲は54回に及び、参加延機は936機、投下爆弾は数百屯に達する。(海軍省海軍軍事普及部支那事変における海軍の行動)
南京は2日半に1回の空襲を受けた事になる。連日の空襲により、約130万人の人口を数えた南京市民は政治、経済、生活の機能はマヒし、多くの南京市民は富裕な階層から淳に遠隔地へと避難して行った。
国民政府が首都南京を放棄し、重慶に遷都する事を宣布し、実質的な首都機能をもつ漢口に政府、軍機関、教育、経済施設などが移転していくと、南京は防衛軍をのぞいて、4〜50万人の市民、難民だけが残留する死の街となったのである。
これは メッセージ 17137 (nmwgip さん)への返信です.