不可解な 南京大虐殺物語
投稿者: sugotyon 投稿日時: 2007/02/17 02:20 投稿番号: [16428 / 41162]
「徴発は許されていたが、婦女子への暴行や盗みは禁じられていた」と言っていた。
事実関係も、伝聞が多く怪しげ。
蒋介石の日記に、松井大将との交友関係はどの様に書かれているのだろうか。
柳川平助は、北京陸軍大学校に教官として招聘されている。
松井大将は、田中首相と蒋介石との会談をさせていた。
二人とも、国際通で支那通。
松井は西南旅行の途次、昭和11(1936)年3月、南京において張群、蒋介石と会談している。
張作霖爆死事件で、予備役。奉天総領事は、吉田茂だったはず。
ソ連や中共にとって、排除すべき人物。張作霖爆死事件にソ連が関係していたと言う話もある。
偽書「田中上奏文」が流布されたのも、この時期。
英米ソ独仏伊の利害が絡まる支那
支那軍軍事顧問の独フォン・ファルケンハウゼン将軍、ハプロ条約。
上海爆撃に使用された爆弾はイタリア製。
コレラの蔓延による軍事力低下。
南京攻略。
そして、大東亜戦争。
仕上げとして、南京虐殺物語。
狂った英米の筋書き「満州は中共、支那は国府」。
これは メッセージ 16424 (cyobacyoba2000 さん)への返信です.
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