柳条湖事件のでっち上げから満州事変へ。
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2007/02/15 06:59 投稿番号: [16392 / 41162]
柳条湖事件1931年9月18日
満州事変の発端となった事件である。
関東軍は奉天郊外の柳条湖の満鉄線路を爆破、中国軍による爆破と主張し、軍事行動を起こし、満州事変となった、
満州武力占領を画策していた、関東軍参謀板垣征四郎大佐、石原完爾中佐、奉天特務機関長
土肥原賢二大佐らの計画した陰謀、南満州鉄道を小爆破し、これを長学良の仕業として、直ちに奉天を占領
ついで全面攻撃に拡大した。
満州事変1931〜1933年
日中戦争前の中国東北部への侵略戦争
昭和恐慌による資本主義の危機
中国の排日運動の激化、長学良による「南満州鉄道(満鉄)包囲の併行線建設などを原因とし、現状打開を武力侵略に求めた。
関東軍は9月18日
柳条湖事件を起こし、それを口実に「若槻礼次郎内閣」の不拡大方針を無視し、戦線を拡大。戦火は1933年の熱河作戦後のタンクー協定で一応は収まった。
しかし、国連調査団のリットンの調査に先駆けて「満州国建国」(1932年)は国際連盟脱退に発展し、第二次世界大戦の魁となる。
1932年リットン国際連盟調査団
中国満州に赴き詳細な報告書を連盟に提出
日本の武力行使を侵略行為と断定しつつも、満州における日本の特権を認めた。国際連盟総会は
1.満州に対する中国の主権の確認
2.日本軍の撤兵の勧告
を可決
。
日本政府は日本の満州国承認要求が敗れると、松岡洋右全権は退場、ついで。1933年
国際連盟を脱退を宣言する。
1932年
第一次上海事変
満州事変による上海の排日運動激化を機に
満州事変に対する世界
国際社会の眼を逸らすために大軍を派遣。3ヶ月で撤兵、以後
英米と対立を深め
1937年第二次上海事変
7月に日中戦争が華北で勃発すると、戦局打開のため、8月
突如上海を急襲、杭州湾に上陸し11月
これを占領、ついでに南京政府を攻撃
大虐殺事件を起こし
戦争を華中に拡大させた。
>俺に1937年の上海戦に至る経緯を説明させておいて、いきなり中国改革史か何かに書いてあるその4年前や10年前のことを書いたか貼り付けられても、困るんだけど・・・
だから、、アンタの書いてるねつ造史?は
信用できないんだよ。
歴史ってのは前後が繋がってなきゃ〜意味がないってことだよ(笑)
これは メッセージ 16391 (deliciousicecoffee さん)への返信です.
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