南京大虐殺の真実 >横 偕行社の証言1
投稿者: yominokuni56 投稿日時: 2006/11/25 08:10 投稿番号: [14534 / 41162]
日本政府、、、
それよりも実行部隊の将校将兵が認めてるよ。
この偕行社という団体は、日本軍将校の親睦団体で、南京虐殺事件にかかわらず日本軍の蛮行を証言し著作本を出版した元兵士 将校を名誉毀損で訴え、証言本の出版を差し止めて来た団体です、、その偕行社が、証言を翻し、南京での蛮行を認めたってことなんですよ。
「偕行 証言による南京戦史より」
結局、不法処理の被害者の数はいくらか
これは大難題である。この戦史の最後のところで最も難しい問題にぶつかったの感がある。
この戦史が採用してきた諸資料にはそれぞれの数字がある。だがこれらはもともとが根拠の不明確な、いわば疑わしい数で、その真否の考証も不可能である。その数字をあれこれ操作してみたところで、「ほんとうか」と問いただされても明確に返答し得ない数字になるだけである。史料の確からしさの判定は読む人にもよろう。畝本君や従軍将兵の諸氏には、あの南京戦場を走りまわった体験から、そこに起こりうる事象の大きさについての個人的感触を持っている。巷間喧伝される数字がいかに大きくとも、そんな膨大な数があの狭い場所でと、納得できないところがあるのである。ここにこの推定集計の難しさある。だがなにがしかの答えは出さざるを得まい。
まず、畝本君の判決である。
<参戦者の証言資料によれば不法に殺害したとされる事案に多くの疑問があるが、今日においてその真偽を究明することは不可能である。況んや広い戦場において「虐殺か否か」を一々分別し、虐殺数を集計することなど今においては不可能事である。
人はよく質問する。「虐殺の真数はいくらか」と。
「ある程度は推定し得るが、真相はわからない。強いていえば、不確定要素はあるが、虐殺の疑いのあるものは三千乃六千内外ではあるまいか」、と私は答えるしかない。>
三千はもとより六千とは途方もない数字である。
何処で何時不法処理が行われたろうかの事例は前号までの戦史で述べた。第十三師団の幕府山付近、第十六師団の下関付近、第九師団の城内掃蕩、第十六師団関係城内敗残兵摘出、その他各師団の掃蕩など、事例は、判明している限りを明記した。読者諸君それぞれに推定し、そして集計することが可能なはずである。
そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。
同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。
従って南京の不法殺害は計一万三千人である。板倉氏はこれが「現時点での」推定概数であるとする。これまた、途方もなく大きな数字である。
畝本君の三千乃六千、板倉氏の一万三千、共に両氏それぞれの推定概数であって、当編集部としてこれに異論を立てる余地は何もない。これを併記して本稿の結論とする。
中国国民に深く詫びる
重ねて言う。一万三千人はもちろん、少なくとも三千人とは途方もなく大きな数である。
日本軍が「シロ」ではないのだと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量の不法処理には弁解の言葉はない。
旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった。
(「証言による南京戦史」(最終回) <その総括的考察> = 「偕行」1985年2月号 P17〜P18)
*****************************
誤解のないように念を押しておけば、「偕行」の意図は、
「実際にあったことはあったと認めることによってしか、
30万、40万の大虐殺を否定することは出来ない。」
という点にあったわけです。
つまり、事件を極小化することで南京事件の定着を計ろうとする姑息な考えが返って、問題を大きくしたってことなんじゃないのかいな(笑)
それよりも実行部隊の将校将兵が認めてるよ。
この偕行社という団体は、日本軍将校の親睦団体で、南京虐殺事件にかかわらず日本軍の蛮行を証言し著作本を出版した元兵士 将校を名誉毀損で訴え、証言本の出版を差し止めて来た団体です、、その偕行社が、証言を翻し、南京での蛮行を認めたってことなんですよ。
「偕行 証言による南京戦史より」
結局、不法処理の被害者の数はいくらか
これは大難題である。この戦史の最後のところで最も難しい問題にぶつかったの感がある。
この戦史が採用してきた諸資料にはそれぞれの数字がある。だがこれらはもともとが根拠の不明確な、いわば疑わしい数で、その真否の考証も不可能である。その数字をあれこれ操作してみたところで、「ほんとうか」と問いただされても明確に返答し得ない数字になるだけである。史料の確からしさの判定は読む人にもよろう。畝本君や従軍将兵の諸氏には、あの南京戦場を走りまわった体験から、そこに起こりうる事象の大きさについての個人的感触を持っている。巷間喧伝される数字がいかに大きくとも、そんな膨大な数があの狭い場所でと、納得できないところがあるのである。ここにこの推定集計の難しさある。だがなにがしかの答えは出さざるを得まい。
まず、畝本君の判決である。
<参戦者の証言資料によれば不法に殺害したとされる事案に多くの疑問があるが、今日においてその真偽を究明することは不可能である。況んや広い戦場において「虐殺か否か」を一々分別し、虐殺数を集計することなど今においては不可能事である。
人はよく質問する。「虐殺の真数はいくらか」と。
「ある程度は推定し得るが、真相はわからない。強いていえば、不確定要素はあるが、虐殺の疑いのあるものは三千乃六千内外ではあるまいか」、と私は答えるしかない。>
三千はもとより六千とは途方もない数字である。
何処で何時不法処理が行われたろうかの事例は前号までの戦史で述べた。第十三師団の幕府山付近、第十六師団の下関付近、第九師団の城内掃蕩、第十六師団関係城内敗残兵摘出、その他各師団の掃蕩など、事例は、判明している限りを明記した。読者諸君それぞれに推定し、そして集計することが可能なはずである。
そしてこの同じ史料を使用して推測した別の集計がわれわれ編集部の手許にある。板倉由明氏の集計されたものである。
同氏は、捕虜になってから殺害された者の数を全師団正面で一万六千と算定し、その内半数の八千を不法に殺害されたものと推定する。そして一般人の戦争による死亡を城内、城外で約一万五千(スミス調査である)として、その内不法に殺害された数を三分の一の五千と算定した(これらの算定を畝本君は過大ではなかろうかとするところに両者の違いが出てくるわけである)。
従って南京の不法殺害は計一万三千人である。板倉氏はこれが「現時点での」推定概数であるとする。これまた、途方もなく大きな数字である。
畝本君の三千乃六千、板倉氏の一万三千、共に両氏それぞれの推定概数であって、当編集部としてこれに異論を立てる余地は何もない。これを併記して本稿の結論とする。
中国国民に深く詫びる
重ねて言う。一万三千人はもちろん、少なくとも三千人とは途方もなく大きな数である。
日本軍が「シロ」ではないのだと覚悟しつつも、この戦史の修史作業を始めてきたわれわれだが、この膨大な数字を前にしては暗然たらざるを得ない。戦場の実相がいかようであれ、戦場心理がどうであろうが、この大量の不法処理には弁解の言葉はない。
旧日本軍の縁につながる者として、中国人民に深く詫びるしかない。まことに相すまぬ、むごいことであった。
(「証言による南京戦史」(最終回) <その総括的考察> = 「偕行」1985年2月号 P17〜P18)
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誤解のないように念を押しておけば、「偕行」の意図は、
「実際にあったことはあったと認めることによってしか、
30万、40万の大虐殺を否定することは出来ない。」
という点にあったわけです。
つまり、事件を極小化することで南京事件の定着を計ろうとする姑息な考えが返って、問題を大きくしたってことなんじゃないのかいな(笑)
これは メッセージ 14516 (fukagawatohei さん)への返信です.