南京大虐殺・従軍慰安婦強制連行の嘘

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Re: 日本軍人の態度は昔も今も変わらない

投稿者: just_a_watcher2003 投稿日時: 2006/11/09 14:33 投稿番号: [14000 / 41162]
>日本の植民地、軍事占領地で   日の丸をあしらった国旗を持った独立国があるかい?

ある。パラオ。
ttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%A9%E3%82%AA

>(国旗は)日の丸を参考とし、同じ図案で、海をイメージした青地に月というデザインを採用している。

>第一次世界大戦の戦後処理をするパリ講和会議によって、パラオは日本(大日本帝国)の委任統治領になった。コロールには南洋庁の支庁を置かれ、パラオは周辺諸島における植民地統治の中核的な島となり、多くの日本人が移住(最盛期には2万5千人ほどの日本人が居住)した。このため、学校や病院・道路など各種インフラの整備も重点的に行われ、1920年代頃になるとコロールは近代的な町並みへとその姿を変貌させていった。また日本統治の開始にともない日本語による学校教育が先住民に対しても行われるようになった。

日本は1933年に国際連盟から脱退したが、統治委任はパリ講和会議によるものと主張して、そのまま委任統治を続けた。しかし、委任統治領に軍事施設を建設してはならない規則は国際連盟による取り決めであるため、脱退後は各地に海軍の関連施設を建設した。

第二次世界大戦(太平洋戦争)が始まると、コロールは日本海軍の重要な基地として北西太平洋方面の作戦拠点となった。そのため、西方のフィリピン戦線の状況と連動してアメリカ軍の攻撃対象となり、1944年にはペリリューの戦いなどで日米両軍に多くの戦死者を出した。なお、ペリリュー島の戦いではパラオ民間人に一人の死者も出なかったことは特筆に価する。


>また、コロール島の旧官幣大社南洋神社やペリリュー島のペリリュー神社(南興神社)をはじめ、いくつかの神社が戦後再建されている。また、日本からの遺骨収集団も度々訪れている。

これらの状況から、現在でも日本や日本語に親しみを持ち、子供に日本風の名前をつけるパラオ人も多い。パラオ語には多くの日本語の言葉が取り入れられており、また、パラオにある唯一の公立高校では、1964年から選択科目として日本語を取り入れている。さらに、アンガウル州では公用語の一つとして採用されている。この為、パラオは日本では親日国家として知られている。
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