>黒美容師さん
投稿者: moccusboccus 投稿日時: 2006/11/08 11:07 投稿番号: [13967 / 41162]
>1937年7月中国との戦争が勃発〜日本軍が同年12月南京を陥落せしめた歴史的事実があるわけだが、その際、日本民族最大の「汚点」と言うのか、中国人一般大衆を含めての南京虐殺事件(30万だか、5万だか、1万だか虐殺の員数に関して、2006年の現在に至るも絶対値が不明であることもアナタ様も承知のことであろうかと推察)発生。
絶対値が不明なのに「中国政府」は、「『南京虐殺』は30万人以上」と公式に発表し、その実態についての「日中共同調査」も拒み続けているのだが・・・
>山川出版の中国史(いわゆるテキスト本でイギリス、フランス、アメリ、ロシア、ドイツ等々の世界各国14巻の中の一冊)によれば、「南京」は今から2400年前から栄えていた。蒋介石←当時(1927年ころ)、中華民国の政府主席に就任、いわゆる「南京政府」を樹立。広大な(日本国家国土よりは楽に、50倍程度の面積を有する中国)国土を28省(いわゆる日本国の県より大規模な行政組織)に分轄、かつ「南京」を首都とする「江蘇省」を蒋介石政府の直轄(政府直属)地とした。
細かいことは別にして、おおよそその通りじゃないのか?
何かこの記述に問題でも?
>当時の蒋介石が率いた直轄地(南京)における軍隊は40万ということであるが、一方、日本帝国軍は80万以上、当時の中国へ投入していたようであるが。
1937年7月7日の「盧溝橋事件」時点の「蒋介石直属軍」は、47個師団約48万人(「国民党軍」全体では、181個師団約200万人)、その他「共産党軍」が2〜3万人、各軍閥の兵力が合わせて約300万人。
「盧溝橋事件」発生時に現地で対峙していた日中両軍兵力は、中国側「国民党・第29軍」約7万5000人(宋哲元司令官)、日本側は「支邦駐屯軍」5774人(田代皓一郎司令官)。
「盧溝橋事件」以降、「南京攻防戦」までの最大の戦いである「上海決戦」(1937.10.10〜10.26)で対峙した日中両軍兵力は、「国民党軍」53個師団約75万人、「日本軍」7個師団約25万人。
「南京攻防戦」(1937.12.13〜12.16)についていえば、「国民党・南京衛戌軍」は当初約15万人だったが、蒋介石総統、何応欽参謀総長、唐生智「国民党・南京衛戌軍」司令官らが次々に重慶に逃れ、「攻防戦」の始まる12月13日の時点では、約8万2000人にまで減少していた。
これに対し、南京を攻囲した「日本軍」は、4個師団(「第6師団」「第16師団」「第18師団」「第114師団」)及び「中支方面軍通信隊」など少数の補助部隊で、兵力約7万人。
三日間に及ぶ「南京攻防戦」の結果、「国民党軍」には戦死者約3万3000人、捕虜約1万5000人、「日本軍」には戦死者約2300人が出た。
>結局、首都「南京」を有する江蘇省自体、現在では人口6000万も有する大国家に並ぶ中国の組織のひとつでもあるが、当時の日本帝国VS中国側軍総勢100万にも及んだ「人間を殺す事が使命・目的」の組織団体の殺害行為での「南京虐殺」が歴史的事実を未来永劫、日本国家が消滅・滅亡しようと抹殺されることはないのではありますまいか(殺された員数の大小ではないだろうが)。
前半の部分はともかく、後半部分は意味不明瞭。
“殺された員数の大小ではない”というが、「南京虐殺」は「虐殺数30万人以上」ということでセンセーショナルに取り扱われているのであって、これが桁違いに少なければ、南京に類似の例は世界の戦争史上にいくらでも指摘でき、別段取り立てて問題にすべきことでもないということになる。
いずれにしても、「中国政府」は日本側の提案する「日中共同調査」に同意し、実態解明に務めるべきではないだろうか。
絶対値が不明なのに「中国政府」は、「『南京虐殺』は30万人以上」と公式に発表し、その実態についての「日中共同調査」も拒み続けているのだが・・・
>山川出版の中国史(いわゆるテキスト本でイギリス、フランス、アメリ、ロシア、ドイツ等々の世界各国14巻の中の一冊)によれば、「南京」は今から2400年前から栄えていた。蒋介石←当時(1927年ころ)、中華民国の政府主席に就任、いわゆる「南京政府」を樹立。広大な(日本国家国土よりは楽に、50倍程度の面積を有する中国)国土を28省(いわゆる日本国の県より大規模な行政組織)に分轄、かつ「南京」を首都とする「江蘇省」を蒋介石政府の直轄(政府直属)地とした。
細かいことは別にして、おおよそその通りじゃないのか?
何かこの記述に問題でも?
>当時の蒋介石が率いた直轄地(南京)における軍隊は40万ということであるが、一方、日本帝国軍は80万以上、当時の中国へ投入していたようであるが。
1937年7月7日の「盧溝橋事件」時点の「蒋介石直属軍」は、47個師団約48万人(「国民党軍」全体では、181個師団約200万人)、その他「共産党軍」が2〜3万人、各軍閥の兵力が合わせて約300万人。
「盧溝橋事件」発生時に現地で対峙していた日中両軍兵力は、中国側「国民党・第29軍」約7万5000人(宋哲元司令官)、日本側は「支邦駐屯軍」5774人(田代皓一郎司令官)。
「盧溝橋事件」以降、「南京攻防戦」までの最大の戦いである「上海決戦」(1937.10.10〜10.26)で対峙した日中両軍兵力は、「国民党軍」53個師団約75万人、「日本軍」7個師団約25万人。
「南京攻防戦」(1937.12.13〜12.16)についていえば、「国民党・南京衛戌軍」は当初約15万人だったが、蒋介石総統、何応欽参謀総長、唐生智「国民党・南京衛戌軍」司令官らが次々に重慶に逃れ、「攻防戦」の始まる12月13日の時点では、約8万2000人にまで減少していた。
これに対し、南京を攻囲した「日本軍」は、4個師団(「第6師団」「第16師団」「第18師団」「第114師団」)及び「中支方面軍通信隊」など少数の補助部隊で、兵力約7万人。
三日間に及ぶ「南京攻防戦」の結果、「国民党軍」には戦死者約3万3000人、捕虜約1万5000人、「日本軍」には戦死者約2300人が出た。
>結局、首都「南京」を有する江蘇省自体、現在では人口6000万も有する大国家に並ぶ中国の組織のひとつでもあるが、当時の日本帝国VS中国側軍総勢100万にも及んだ「人間を殺す事が使命・目的」の組織団体の殺害行為での「南京虐殺」が歴史的事実を未来永劫、日本国家が消滅・滅亡しようと抹殺されることはないのではありますまいか(殺された員数の大小ではないだろうが)。
前半の部分はともかく、後半部分は意味不明瞭。
“殺された員数の大小ではない”というが、「南京虐殺」は「虐殺数30万人以上」ということでセンセーショナルに取り扱われているのであって、これが桁違いに少なければ、南京に類似の例は世界の戦争史上にいくらでも指摘でき、別段取り立てて問題にすべきことでもないということになる。
いずれにしても、「中国政府」は日本側の提案する「日中共同調査」に同意し、実態解明に務めるべきではないだろうか。
これは メッセージ 13966 (kurobiyouxi さん)への返信です.