虐殺は嘘75 支那固有の残虐性3
投稿者: deliciousicecoffee 投稿日時: 2006/09/16 01:30 投稿番号: [12310 / 41162]
●日本軍が南京などで行なったことだとして虐殺が捏造されるとき、虐殺行為が日本人の発想にはない方法であることが多い。
支那や中帰連などの作り話に騙されたり、支那軍や不逞支那人の悪逆非道を日本軍の仕業に転嫁されないようにするため、支那固有の虐殺方法や、特異性、残虐性を知っておく必要がある。
――――――――
ユク神父の記録に残る、残虐極まりない話
(略)
その中に実態を表す話がある。ある日、通りを通る車から聞きなれない声がしたので、何事かと行ってみると車数台に生身の人間が積まれていた。近寄ってよく見ると手の甲を釘で突き刺され、車に打ち付けられているではないか。警備の役人に訳を尋ねたところ、「ある村で盗みがあり、全員捕まえたらその中に犯人がいるだろうと思って、連行して来た」そうである。それを聞いてユク神父は、「いくらなんでも全員の手を釘付けするのは酷かろう」と抗議をした。警備隊長が答えて曰く「たまたま捕り方が手錠を忘れたのです。こういう時はこれが一番ですよ」。そこで、「無罪の者を引き渡してくれないか」と頼んだ。隊長曰く、「承知いたしました。潔白が証明され次第釈放します」。恐ろしいことに、この件で驚いているのは外国人のユク神父だけで、周りで見ていた中国人は誰も驚いていない。静謐な天子の国と言われる国で、手の甲を釘で打ち抜いても、誰もそれを不自然だと思わなかったのである。
人の性格は、その人の善悪の判断基準でわかるものだが、このユク神父の話は忘れてはならない。
ユク神父によれば、賭け事もまた異常である。万里の長城に程近い、冬の寒さの厳しい、とある町の賭博場でのこと。運悪く、負けが込むと、金目のものを次から次へと賭け、最後には着てるものだけになる。それでもツキが回ってこないと、それこそ身ぐるみ剥がされ、雪の中にたたき出される。勝った者はどうするか。たたき出された者が雪の中を転げまわり、最後には海老のように丸くなって凍え死ぬ様をじっくり堪能してから、また博打にもどるそうである。賭博場には「斧とまな板と熱い油」が用意されている。何のためか。賭けるものがなくなり「指を賭ける」客人のためである。勝者が掟に従って指を切り取る。この指切りを見ようと大勢押し寄せるから「有料のショー」となる。熱い油は切り口を焼いて麻痺させるためである。
残虐な死刑や拷問
有名な話だが、つい最近まで、有罪者に対する拷問は合法だった。「細切れの刑」がよく行われた。即死しない部分を細かく切り取る刑である。「くじ引きの刑」というものもある。籠の中に体の部分を書いた札を付けたナイフがたくさん入っている。これを目隠しして引く。札に耳と書いてあれば耳、鼻と書いてあれば鼻を切り取る。死ぬまで延々と続く。もちろん受刑者の身内が「袖の下」を使えば、不思議と致命的部位を書いたナイフが当たる。
今はこのような残虐な刑はないが、僻地では今でも役人の好き勝手に行われている。止むを得ないのかも知れない。というのは、頑迷で凶暴な民衆が相手では仮借のない法が必要だからである。アメリカでは近年、凶悪犯に厳罰で臨まなくなったが、これは明らかに失敗であるが、中国においてそうするのはもっと馬鹿馬鹿しいことだ。しかし、中国役人の残酷さというものは伝統的な法さえ無視して、公務にかこつけて私的なたくらみを執行することにある。
去年(1932年)、福州から約65キロにある私の最後の任地の福清の話をしよう。代官が例に漏れず、住民を脅迫し、誤魔化し、搾取した。ある金持ちを「資産隠し」の容疑で逮捕し、両手の親指を縛って吊るし上げた。逮捕状も何もあったものじゃない。しかし、役人相手では、残った家族はどうすることもできない。ここは地獄の沙汰も金次第である。親戚一同で金を集めて、釈放してもらうしかなかった。効果は絶大。この一件で「金持ち」連中が一斉に震え上がり、毎日、大枚をはたいて免罪符を買った。私が中国を出たこの春、この悪代官はアモイから遠くない新任地で優雅な生活を送っていた。これくらいでは、政府高官に睨まれ、失職するということはない。
これはほんの一例に過ぎない。挙げようと思えば、実名も日時も上げることができる。赴任する前に「親指の掟」を何度も聞いたことがある。「何かの比喩かな」くらいに思っていたが、まさか拷問だとは知らなかった。
(P67〜69)
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)
支那や中帰連などの作り話に騙されたり、支那軍や不逞支那人の悪逆非道を日本軍の仕業に転嫁されないようにするため、支那固有の虐殺方法や、特異性、残虐性を知っておく必要がある。
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ユク神父の記録に残る、残虐極まりない話
(略)
その中に実態を表す話がある。ある日、通りを通る車から聞きなれない声がしたので、何事かと行ってみると車数台に生身の人間が積まれていた。近寄ってよく見ると手の甲を釘で突き刺され、車に打ち付けられているではないか。警備の役人に訳を尋ねたところ、「ある村で盗みがあり、全員捕まえたらその中に犯人がいるだろうと思って、連行して来た」そうである。それを聞いてユク神父は、「いくらなんでも全員の手を釘付けするのは酷かろう」と抗議をした。警備隊長が答えて曰く「たまたま捕り方が手錠を忘れたのです。こういう時はこれが一番ですよ」。そこで、「無罪の者を引き渡してくれないか」と頼んだ。隊長曰く、「承知いたしました。潔白が証明され次第釈放します」。恐ろしいことに、この件で驚いているのは外国人のユク神父だけで、周りで見ていた中国人は誰も驚いていない。静謐な天子の国と言われる国で、手の甲を釘で打ち抜いても、誰もそれを不自然だと思わなかったのである。
人の性格は、その人の善悪の判断基準でわかるものだが、このユク神父の話は忘れてはならない。
ユク神父によれば、賭け事もまた異常である。万里の長城に程近い、冬の寒さの厳しい、とある町の賭博場でのこと。運悪く、負けが込むと、金目のものを次から次へと賭け、最後には着てるものだけになる。それでもツキが回ってこないと、それこそ身ぐるみ剥がされ、雪の中にたたき出される。勝った者はどうするか。たたき出された者が雪の中を転げまわり、最後には海老のように丸くなって凍え死ぬ様をじっくり堪能してから、また博打にもどるそうである。賭博場には「斧とまな板と熱い油」が用意されている。何のためか。賭けるものがなくなり「指を賭ける」客人のためである。勝者が掟に従って指を切り取る。この指切りを見ようと大勢押し寄せるから「有料のショー」となる。熱い油は切り口を焼いて麻痺させるためである。
残虐な死刑や拷問
有名な話だが、つい最近まで、有罪者に対する拷問は合法だった。「細切れの刑」がよく行われた。即死しない部分を細かく切り取る刑である。「くじ引きの刑」というものもある。籠の中に体の部分を書いた札を付けたナイフがたくさん入っている。これを目隠しして引く。札に耳と書いてあれば耳、鼻と書いてあれば鼻を切り取る。死ぬまで延々と続く。もちろん受刑者の身内が「袖の下」を使えば、不思議と致命的部位を書いたナイフが当たる。
今はこのような残虐な刑はないが、僻地では今でも役人の好き勝手に行われている。止むを得ないのかも知れない。というのは、頑迷で凶暴な民衆が相手では仮借のない法が必要だからである。アメリカでは近年、凶悪犯に厳罰で臨まなくなったが、これは明らかに失敗であるが、中国においてそうするのはもっと馬鹿馬鹿しいことだ。しかし、中国役人の残酷さというものは伝統的な法さえ無視して、公務にかこつけて私的なたくらみを執行することにある。
去年(1932年)、福州から約65キロにある私の最後の任地の福清の話をしよう。代官が例に漏れず、住民を脅迫し、誤魔化し、搾取した。ある金持ちを「資産隠し」の容疑で逮捕し、両手の親指を縛って吊るし上げた。逮捕状も何もあったものじゃない。しかし、役人相手では、残った家族はどうすることもできない。ここは地獄の沙汰も金次第である。親戚一同で金を集めて、釈放してもらうしかなかった。効果は絶大。この一件で「金持ち」連中が一斉に震え上がり、毎日、大枚をはたいて免罪符を買った。私が中国を出たこの春、この悪代官はアモイから遠くない新任地で優雅な生活を送っていた。これくらいでは、政府高官に睨まれ、失職するということはない。
これはほんの一例に過ぎない。挙げようと思えば、実名も日時も上げることができる。赴任する前に「親指の掟」を何度も聞いたことがある。「何かの比喩かな」くらいに思っていたが、まさか拷問だとは知らなかった。
(P67〜69)
『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著(1933年)
これは メッセージ 12286 (deliciousicecoffee さん)への返信です.