Re: 虐殺はあったかも 真人間の証言4
投稿者: pipopipo555jp 投稿日時: 2006/07/07 06:11 投稿番号: [10665 / 41162]
deliくん
この前田さんインタビューも典拠は、れいの阿羅本(著者;畠中秀夫こと阿羅健一)ですか?
本当に前田雄二さんが語ったままなのか? 検証する必要があると思ったのは、下記のゆうさんのページを読んだからです。
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/maeda.html
(引用はじめ)=========
皮肉なことに、「目撃談」部分に関する限り、「私は南京大虐殺を目撃した」と題名を変えても全く違和感のない内容になっています。
------------------------------------------------------
この「3 「南京大虐殺」とは」の章は、まず「捕虜処刑」の目撃談から始まります。
3 「南京大虐殺」とは
"処刑"
翌日(十二月十六日)、新井と写真の祓川らといっしょに、軍官学校で"処刑"の現場に行きあわせる。
校舎の一角に収容してある捕虜を一人ずつ校庭に引きだし、下士官がそれを前方の防空壕の方向に走らせる。待ち構えた兵隊が銃剣で背後から突き貫く。悲鳴をあげて壕に転げ落ちると、さらに上から止めを刺す。それを三カ所で並行してやっているのだ。
引きだされ、突き放される捕虜の中には、拒み、抵抗し、叫びたてる男もいるが、多くは観念しきったように、死の壕に向かって走る。傍らの将校に聞くと「新兵教育だ」という。壕の中は鮮血でまみれた死体が重なっていく。
私は、これから処刑されようとする捕虜の顔を次々に凝視していた。同じような土気色の顔で表情はなかった。この男たちにも父母があり兄姉があり弟妹があるだろう。しかし今は人間ではなく物質として扱われている。
交代で突き刺す側の兵隊も蒼白な顔をしている。刺す掛け声と刺される死の叫びが交錯する情景は凄惨だった。
私は辛うじて十人目まで見た時、吐き気を催した。そして逃げるように校庭を出た。
(『戦争の流れの中に』P117〜P118)
--------------------------------------
場所は違うようですが、佐藤振壽氏も類似証言を行っています。この処刑風景は、この時期の「捕虜殺害」の、ひとつのパターンであったようです。
-------------------- -(引用おわり)
阿羅健一は、前田雄二さんにどのような言葉で質問を投げたんだろうね?
仮に
「もし、そこで虐殺があったとすれば、当時お書きになった記事はウソということになってしまいますね?」
このように訊かれたとしたら、〜80歳の老人は普通どのように答えるだろうか?
私の想像ではなく、阿羅氏の粗くない取材テープをノーカットで聞いてみたいものです。テニオハ、ニューアンスがいっさい変更されていない形で。それが歴史の貴重な証言ならば。
この前田さんインタビューも典拠は、れいの阿羅本(著者;畠中秀夫こと阿羅健一)ですか?
本当に前田雄二さんが語ったままなのか? 検証する必要があると思ったのは、下記のゆうさんのページを読んだからです。
http://www.geocities.jp/yu77799/nankin/maeda.html
(引用はじめ)=========
皮肉なことに、「目撃談」部分に関する限り、「私は南京大虐殺を目撃した」と題名を変えても全く違和感のない内容になっています。
------------------------------------------------------
この「3 「南京大虐殺」とは」の章は、まず「捕虜処刑」の目撃談から始まります。
3 「南京大虐殺」とは
"処刑"
翌日(十二月十六日)、新井と写真の祓川らといっしょに、軍官学校で"処刑"の現場に行きあわせる。
校舎の一角に収容してある捕虜を一人ずつ校庭に引きだし、下士官がそれを前方の防空壕の方向に走らせる。待ち構えた兵隊が銃剣で背後から突き貫く。悲鳴をあげて壕に転げ落ちると、さらに上から止めを刺す。それを三カ所で並行してやっているのだ。
引きだされ、突き放される捕虜の中には、拒み、抵抗し、叫びたてる男もいるが、多くは観念しきったように、死の壕に向かって走る。傍らの将校に聞くと「新兵教育だ」という。壕の中は鮮血でまみれた死体が重なっていく。
私は、これから処刑されようとする捕虜の顔を次々に凝視していた。同じような土気色の顔で表情はなかった。この男たちにも父母があり兄姉があり弟妹があるだろう。しかし今は人間ではなく物質として扱われている。
交代で突き刺す側の兵隊も蒼白な顔をしている。刺す掛け声と刺される死の叫びが交錯する情景は凄惨だった。
私は辛うじて十人目まで見た時、吐き気を催した。そして逃げるように校庭を出た。
(『戦争の流れの中に』P117〜P118)
--------------------------------------
場所は違うようですが、佐藤振壽氏も類似証言を行っています。この処刑風景は、この時期の「捕虜殺害」の、ひとつのパターンであったようです。
-------------------- -(引用おわり)
阿羅健一は、前田雄二さんにどのような言葉で質問を投げたんだろうね?
仮に
「もし、そこで虐殺があったとすれば、当時お書きになった記事はウソということになってしまいますね?」
このように訊かれたとしたら、〜80歳の老人は普通どのように答えるだろうか?
私の想像ではなく、阿羅氏の粗くない取材テープをノーカットで聞いてみたいものです。テニオハ、ニューアンスがいっさい変更されていない形で。それが歴史の貴重な証言ならば。
これは メッセージ 10663 (deliciousicecoffee さん)への返信です.