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カカと日本の両親

投稿者: asianrobo 投稿日時: 2007/12/19 23:28 投稿番号: [77 / 1344]
ブラジルの指令塔は山形にいた−。(産経新聞)

ワールドカップ(W杯)ドイツ大会で連覇を狙うブラジル代表の中心選手、カカ(24)は11歳のとき、山形県の山あいの町、最上町でホームステイをして地元の人と交流を深めていた。カカが「日本の両親」と慕う「もがみ国際交流協会」の押切政志事務局長(56)と久子さん(54)夫妻は「こんな大選手になるとは思わなかった。ゴールを決めてもらいたいなあ」と、“わが子”の活躍を期待している。

ドイツW杯で世界中が楽しみにしているのは、最強ブラジルの攻撃陣「魔法のカルテット」だ。前回得点王のロナウド、破壊王・アドリアーノ、魔術師・ロナウジーニョ、そしてこの3人を操るのが貴公子と呼ばれるカカだ。

イタリア紳士服(アルマーニ)のモデルも務めるスーパースターで、3年前に移籍金約10億円の4年契約でイタリアのビッグクラブ、ACミランに移籍したが、今も自室には大事に日本の五千円札を保管している。「サッカーで初めてもらった賞金だから、宝物だと言ってる」。押切さんはカカの父親、ボスコさんからそう聞かされた。

カカが日本を訪れたのは平成5(1993)年秋。山形県と宮城県の県境にテーマパークができ、オープニングイベントの一環としてサンパウロFCのジュニアチーム(小学5年生)が来日した。ブラジルの富裕層の子供たちで、渡航費用は自費負担。そのなかにカカもいた。父はエンジニア、母は大学教授。ACミランと契約した際にはイタリア紙に「ブラジル代表イコール貧困のイメージを変えた」と書かれた。

来日した少年たちは約2週間、東北の山間部で農家に泊まり、芋掘りなどで交流を楽しんだ。世話人として奔走した押切さんは当時のカカを「背も小さくてかわいい子供だった」と振り返るが、宮城県の選抜チームとのサッカー大会では、既に才能の片鱗(へんりん)を見せていた。「ポジションは今と同じトップ下。キャプテンで、パスもドリブルもうまかった」

一人だけ別次元の動きを見せたカカは最優秀選手に選ばれ、茶封筒に入った五千円札を手にした。

帰国後も国際電話などで、カカと押切さん夫妻との交流は続いた。2001年にはブラジルへ招かれ、パーティーの壇上で押切さんの姿を見つけたカカは駆け下りて抱きついてきたという。

2002年、日韓W杯では決勝戦を控え、静岡県浜松市のホテルに宿泊するカカを訪ね、こいのぼりを手渡した。「日本では、自分の子供が立派に成長してくれることを願って渡すんだ」と話す押切さんに、カカは「ありがとう」と何度もお礼を言い、決勝戦のチケットを差し出した。

横浜国際競技場でドイツと戦った決勝戦。押切さんが見たのは、ブラジル応援団が陣取ったスタンドの最前列で風に泳ぐこいのぼりだった。

押切さんは「日本と同じ組(予選F組)に入って戦うことは複雑だが、とにかくカカには活躍してほしい。日本から見守りたい」と親心をのぞかせている。


こういった交流は、韓国では無理だろうなぁ。
逆に、私が世話をしたって、むちゃくちゃな数の人間が押し寄せるかも(苦笑)。
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