比島にて
投稿者: nandakana666 投稿日時: 2007/12/13 09:30 投稿番号: [50 / 1344]
太平洋戦争末期の比島(フィリッピン)での話しです。
米軍の攻撃に拠ってちりじりになった日本軍は、少数のグループを作りながら奥地に下がっていました。
あるグループに、沖縄出身の慰安婦が1人いたそうです。
将兵達は彼女を慰安婦としてではなく、同じ仲間として大事に扱っていましたが、その彼女がある日、足を負傷してしまいました。
膝の皿を銃弾で粉砕された彼女は最早、歩く事も出来ません。他の将兵達も疲労と飢餓の為、彼女を支える事すら出来なくなっていました。
ある兵士が、彼女にこう言ったそうです。「あなたは兵士じゃないのだから、追撃してくる米軍に降りなさい。米軍は民間人には危害を加えないと聞いているから安心して良いぞ。」と。
英語を解する兵士が、英語で彼女の保護と治療を依頼する紙を作り、彼女に持たせました。
しかし彼女は、「投降は嫌です、私は日本人です。兵隊さんと一緒にいたい、でもそれが適わぬなら、どうか私を殺して欲しい。」と涙を流して将兵達に言ったそうです。兵士達は「馬鹿を言うな、お前は生きるんだ。」と言っても、彼女の決意は固かった様です。
その場にいた誰もが、手をかけられずにいましたが、ある軍医(大尉)が、此れならば苦しまずに楽になれるだろうと手持ちのモルヒネを取り出し、彼女に注射ました。彼女は安らかな顔でそれを受けたそうです。
しかし、なかなか死に切れません、後ろでは日本兵を掃討する為に米軍が迫って来ます。
有る兵士が、泣きながら彼女首に手をかけて、楽にして上げたそうです。
現在、千葉県に戦地に散った慰安婦達の慰霊碑が建っていますが、この悲壮な体験をした方はその前で号泣したそうです。
これは、忘れ去られつつあり、そして何故か無視され続けた話であります。
皆様、
長文、何卒ご容赦下さいませ。
これは メッセージ 1 (thirteen_satan さん)への返信です.
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