最新朝鮮事情ー朝鮮の人 下ー
投稿者: monjujz 投稿日時: 2013/01/26 20:16 投稿番号: [1066 / 1322]
朝鮮人は又概して勤勉貯蓄の思想が極めて乏しい、チヨツト見た所では仕事をする者は無いか知らんと思はれる程、用も無いのに長い煙管(きせる)を以てブラリ/\して居るのを到る所に見るのである。
又朝鮮人の好奇心は妙で、かの京城の電気鉄道が出来ると、彼等は珍しがつて、用も無いのに之に乗て、或は東に行き或は西に行き嚢中(のうちう)銭つきて始めてボンヤリ立つて、羨しげに電車の行くのを眺めて居る、又京仁京釜の鉄道が出来ると、遠方から態々(わざ/\)用も無いのに汽車に乗りに来て、嚢(ふくろ)をさかさにして下等切符を買ひ、汽車に乗て先生甚だ得意がつてゴザる。
稍(やうや)く儲けては其金を以て、電車に乗りに来たり、汽車に乗りに来たりする、無邪気と言はうか、小児げで可愛らしい、朝鮮の今日あるを致すこと偶然でないのが知れる。
或日本の商人が自転車を持つていつて店に飾て置いたら、之を見た一の朝鮮人は家財など必用品迄も売払ふて之を求め、毎日市中を乗り廻して、物見高い他の同胞を羨ましがらせて居つたが、其後間も無く、金に窮して自転車も法外の安値で売り飛ばして仕舞ひ、車も無いが身代も無いものとなつたといふ話しもある。
それと謂ふものが、朝鮮人は至て遊惰安逸を貪り、其日さへ過さるれば骨を折つて仕事をしやうといふ考も無いから、雑談にも困り無事に苦しむことがあつても、田舎などには娯楽に供する寄席のやうな手軽い便利な遊覧場などの、耳や目を喜ばすものも無く、漸く盆栽をいじくつたり、将棊[=将棋]かるたを弄ぶ位が重な楽しみで、其外は昼寝やら煙草をふかしなどして、其日を送るのであるから、右等のやうな小児げたことも自然に生じて来るのでもあらうか。
斯様に朝無人は一般に為すことも無く其日を送る遊惰の民であるが、併し其中で又色々気質の相違もある、或る書に慶尚道の人民は他よりか勉強する美風があつて、農業や漁業をはげみ、貯蓄心もあつて、文字を解する者が多く、性質もよく品行もマアよい方であるが、粗暴で喧嘩好きなは咸鏡道の住民に多く、慾深く狡猾なのは全羅道の住民に多い、又愚昧で吝嗇(りんしよく)なは黄海道に平安道、遊惰で奢侈(しやし)なは京畿道、忠清道、頑固で未開なは江原道じやと書いてあつたが、果して如何であるか。
斯う謂へば朝鮮人は実に取り柄の無い人間のやうであるが、併し使ひやうさへ善ければ随分役に立つ、第一朝鮮人が物を負ふ力の強いことといつたら、実に日本の馬よりも重いものを負ふ、中には六七十貫目の物でも負ふのは珍しくないそうであるから、よく督励して仕事をさせ、持ち蓮びに使ふたら中々役に立つ、只なまけさせないやうに約束を守りて能く働くやうに監督が肝要である。
朝鮮婦人は一体に男子に面(おもて)を見られないやうにするが、下等婦人は労働をせねばならぬから臆面も無く市中を往来する、彼等はまた物を頭に載する力が強い、売り物や買ひ物を皆頭に載せて行く処は
日本の大原女などによく似て居る、男女とも各(おの/\)特有の一力を以て居るのは妙じや。
又朝鮮人の好奇心は妙で、かの京城の電気鉄道が出来ると、彼等は珍しがつて、用も無いのに之に乗て、或は東に行き或は西に行き嚢中(のうちう)銭つきて始めてボンヤリ立つて、羨しげに電車の行くのを眺めて居る、又京仁京釜の鉄道が出来ると、遠方から態々(わざ/\)用も無いのに汽車に乗りに来て、嚢(ふくろ)をさかさにして下等切符を買ひ、汽車に乗て先生甚だ得意がつてゴザる。
稍(やうや)く儲けては其金を以て、電車に乗りに来たり、汽車に乗りに来たりする、無邪気と言はうか、小児げで可愛らしい、朝鮮の今日あるを致すこと偶然でないのが知れる。
或日本の商人が自転車を持つていつて店に飾て置いたら、之を見た一の朝鮮人は家財など必用品迄も売払ふて之を求め、毎日市中を乗り廻して、物見高い他の同胞を羨ましがらせて居つたが、其後間も無く、金に窮して自転車も法外の安値で売り飛ばして仕舞ひ、車も無いが身代も無いものとなつたといふ話しもある。
それと謂ふものが、朝鮮人は至て遊惰安逸を貪り、其日さへ過さるれば骨を折つて仕事をしやうといふ考も無いから、雑談にも困り無事に苦しむことがあつても、田舎などには娯楽に供する寄席のやうな手軽い便利な遊覧場などの、耳や目を喜ばすものも無く、漸く盆栽をいじくつたり、将棊[=将棋]かるたを弄ぶ位が重な楽しみで、其外は昼寝やら煙草をふかしなどして、其日を送るのであるから、右等のやうな小児げたことも自然に生じて来るのでもあらうか。
斯様に朝無人は一般に為すことも無く其日を送る遊惰の民であるが、併し其中で又色々気質の相違もある、或る書に慶尚道の人民は他よりか勉強する美風があつて、農業や漁業をはげみ、貯蓄心もあつて、文字を解する者が多く、性質もよく品行もマアよい方であるが、粗暴で喧嘩好きなは咸鏡道の住民に多く、慾深く狡猾なのは全羅道の住民に多い、又愚昧で吝嗇(りんしよく)なは黄海道に平安道、遊惰で奢侈(しやし)なは京畿道、忠清道、頑固で未開なは江原道じやと書いてあつたが、果して如何であるか。
斯う謂へば朝鮮人は実に取り柄の無い人間のやうであるが、併し使ひやうさへ善ければ随分役に立つ、第一朝鮮人が物を負ふ力の強いことといつたら、実に日本の馬よりも重いものを負ふ、中には六七十貫目の物でも負ふのは珍しくないそうであるから、よく督励して仕事をさせ、持ち蓮びに使ふたら中々役に立つ、只なまけさせないやうに約束を守りて能く働くやうに監督が肝要である。
朝鮮婦人は一体に男子に面(おもて)を見られないやうにするが、下等婦人は労働をせねばならぬから臆面も無く市中を往来する、彼等はまた物を頭に載する力が強い、売り物や買ひ物を皆頭に載せて行く処は
日本の大原女などによく似て居る、男女とも各(おの/\)特有の一力を以て居るのは妙じや。
これは メッセージ 1065 (どんぎゅう さん)への返信です.
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