kurumaisutanei01さん、
投稿者: yoikowaruiko356 投稿日時: 2005/07/07 17:48 投稿番号: [9774 / 230347]
よく日本人は歴史から学ばない国民だ、という批評をされてこなかったでしょうか。
「無責任」と「水に流す」は別、とありましたが、私は同じといったのではなく「背中合わせ」つまり、相反する事柄でも互いに関連しあっている、、、と言う意味でした。
>日本人が戦争を忘れたでしょうか?忘れる日が、いつか来ると思いますか?
車椅子さんからみるとそうなのでしょうね。デモ私から見るとほとんどの国民は戦争の加害行為について考えている人は少ないのではないか、と漠然とですが思います
私が言いたかったのは、日本人は相手の罪も、自分の罪も、すべてなかったことにする(水に流す、忘れる)ことによって仲直りをしようとする傾向が強いのではないか、と言う事です。
だから自分も責めない変わり、相手にも責めて欲しくない、、、過ぎてしまった過去についてウジウジとしつこく追求するのはみっともない・・・と言う気持ちがあるのではないか、っテ思います。
そこが外国からは理解に苦しむところではないか、と。
死生観に関しても日本独特の思想があるようで、そのことを外国に対してあまり説明しようとする指導者が少ないように思えるのはどうしてでしょうね。
国家神道ではなく、古来の神道が原始教に近いから気恥ずかしい気持ちがあるからあまりアッピールしたくない、のでしょうか?
私は逆だと思うのです。
今、環境問題でも欧米の合理主義による自然を人と分けて考え(支配する側とされる側)る思想からは、自然との共生はむずかしくなりますが、日本神教の共に生きる、という思想はいかにも自然で生き物に無理のない考え方だ、今の環境汚染もこうした考え方から是正していくべきだ、と思います。
むしろ現在の世界にこそ、日本古来の神教を発信すべき時なのではないか、と思うのです(別に神教徒ではありませんが・・)
それが人類の平和にも大いに寄与する道だとおもえてなりません。
>物事を忘れるのではなく、深く心の底に沈め、己の一部として動かぬようにとどめる。恨みつらみに振り回されない。それが「水に流す」と言う事ではないでしょうか。
個人の解釈は千差万別でしょうけど、私は忘れる、、、、という解釈ですね。
>「水に流す」文化には、切腹、獄門、打ち首、はりつけ、火あぶり、など歴然とありました。
すみません、よく意味がつかめませんでした。
全体として私には理解しにくかったのですが、よかったらもっとお話して下さいますか?
これは メッセージ 9733 (kurumaisutanei01 さん)への返信です.
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