「無責任」と「水に流す」は別
投稿者: kurumaisutanei01 投稿日時: 2005/07/06 01:11 投稿番号: [9733 / 230347]
あえて一石を投じます。
日本人は「水に流す」と言って、戦争を忘れたでしょうか?。
恨みつらみを言わぬだけで、戦争そのものは忘れて無いではありませんか。
新聞にのせられる多くの第2次大戦時の記事、
原爆、ひめゆりの塔、バンザイクリフ、靖国、etc。
日本人が戦争を忘れる日が、いつか来ると思いますか?。
水はどこへ流れていきますか?。
川をくだり、流れをあわせ、いつか海へ行きます。
物事を忘れるのではなく、深く心の底に沈め、己の一部として動かぬようにとどめる。
恨みつらみに振り回されない。
それが「水に流す」と言うことではないでしょうか。
「水に流す」文化には、切腹、獄門、打ち首、はりつけ、火あぶりetc歴然とありました。
(むしろ責任は重いのです)
水に流せない人々は、今世界中で何をしていますか?。
恨みつらみと、自分の我欲に振り回され、
無意味で無残な戦いを世界中で続けています。
嘘と虚像をふりかざし、自分の中の怪物に思うままに動かされ、
どんな嘘偽りも平気でばら撒きます。
それこそ本当の「無責任」ではありませんか?。
間違った使われ方が多々あるのも知っています。
しかし、狭い日本の中で培われた哲学は、
狭くなった地球の中で、これから本気で必要になります。
日本人は忘れません、だから戦争への総括は求められ続けます。
それは人がいる限り、全ての戦争への総括が永遠に答えの出ない命題だからです。
・・・・・・だから、戦争はなくなりません。
ドイツは、戦争ではなく政策でやったことがあまりに非道だからこそ、
それに何らかの答えを出すしかありませんでした。
戦争が問題ではないのです。
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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