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サイパンの激戦2

投稿者: narurin 投稿日時: 2005/06/29 10:44 投稿番号: [9442 / 230347]
  菅野は七月六日、マタンシャの野戦病院を出るよう命令され、いったんは出発したが、七日明け方に再び病院に戻った。

「おれの気持ちが分からんのか。早く出ろ。敵が来たらこれを持っていけ」

  隊長は白いハンカチを押し付けた。しかし壕(ごう)の外にはもう、米兵が迫っている。飛び出す兵士は撃たれた。

  日ごろから「日本の金鵄(きんし)勲章を、みんな看護婦にやりたいくらいだ」といたわってくれた隊長は、「自分は最後まで、金鵄勲章をやれなかったことを残念に思って死ぬ。君だけは生きて、野戦病院はここで全滅し尽くしたと、友軍に伝えてくれ」と言い、拳銃をのどにあてた。倒れかかる若い軍曹の体重を感じながら、菅野は手榴弾を握った。米兵の姿が大きくなる。「死ぬのは怖くなかったんですが、自分がここで死んだ、と誰も言ってくれないのがとても寂しかった」。手榴弾の安全ピンを抜いた。

  目覚めたとき、菅野は米軍の前線司令部のベッドの中だった。外国人の姿に声も出ない。若い将校が日本語で「あなたは助かった」と、野戦病院唯一の生き残りであることを告げた。重傷を負っていたが、懇願してその日のうちに収容キャンプに移された。

  トラックに寝たまま、七夕の月を眺めた。サトウキビ畑に数珠つなぎに横たわる民間人の遺体。島北部に近づくと、日本語を話す将校が「海にも、たくさん死んでいます…見ますか」と聞いてきた。将校らが三人がかりでバンザイクリフの際まで運んでくれた。「多分、私があの光景を見た初めての日本人でしょう」

  月光がキラキラと反射する波間に、浮かんでは沈む多くの人影。がけの途中に突き出た木の枝に、服の端切れが引っかかっていた。

  「日本の人はなぜ、こんなに死ぬのでしょうね」

  涙をこぼす将校の言葉を、菅野はうつろな心で聞いていた。月がやけに明るく、国民服姿の大人や子供の顔まで、あまりにはっきりと見えた。=敬称略

  (飯塚友子)

凄まじい様相です。生きて虜囚の辱めを受けず、を忠実に守り死んでいく。

軍隊の教えとはいえ、民間人もそれに倣った悲劇でした。

黄色人種に対する差別を止めず、アジアへの侵略を止めなかった白人達。
奴隷にされると考えるのは、自然だったのかもしれませんね。

>「日本の人はなぜ、こんなに死ぬのでしょうね」

自分たちが、黄色人種を見下して、アジアを支配しようとした、
その結果とも言えるのではないでしょうか?

当時のことを考えると、そういう洗脳があったことも、理解できなくもありません。

でも、間違った教えであったことは、この悲劇をみれば分かります。
こういったことが、二度と起こらないためには、戦争から学ばなければいけません。
誰かを非難しても始まらないのです。
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