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少なくとも「近衛文麿」

投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/06/28 23:39 投稿番号: [9427 / 230347]
>いったい誰が責任を取ればよいのか?

少なくとも「近衛文麿」は責任を取らなければならないでしょう。

1)南京で進軍を止めることを具申した軍部に対し、重慶まで攻めることを命じて対中戦争を泥沼にした。

2)南進政策を行い、アメリカに禁輸措置を取らせたため、対米戦争をおこなわざるを得なくなった。

3)禁輸措置にあわてて、アメリカと交渉したがなんら進展が見られず、米大統領との直談判も一方的にキャンセルされて、石油枯渇前にもはや実力で奪取(つまり戦争)せざるをえないところまで日本を追い詰めた。

4)追い詰めた末に「このままでは戦争開始責任を取らされる」とさっさと辞任した。(そのため「誰かが身代わり」にならざるを得ず、東條英機が引き受けた。)

5)近衛のブレーンは尾崎やゾルゲといった国債共産党のスパイが入りこみ、ソ連を経由して中国共産党に通じていた。近衛自身も京大時代に共産主義の薫陶を受けていた。

6)国民党に追いつめられていた中国共産党軍は、近衛が首相になったのを契機に盧溝橋事件から上海事変以前まで日本軍を挑発し続け、日本軍に国民党軍を重慶まで追い払わせた。

もう、日中事変から太平洋戦争まで、ほぼ全責任は近衛のものと言えます。(もちろん彼一人の責任ではありませんが)


>「期するところあつて今まで自決しなかつたのならば、なぜ忍び難を忍んで連行されなかつたのであろう。なぜ今になつてあわてて取り乱して自殺したりするのであろう。そのくらいなら、御詔勅のあつた日に自決すべきだ。生きていたくらいなら裁判に立って所信を述べるべきだ。醜態この上なし。しかも取り乱して死にそこなつている。恥の上塗り」

これは違います。
東條は「自分の行為は正当なものだった」と考えており、「戦争責任で自決する」つもりは全くありませんでした。

しかし、「生きて虜囚の辱めを受けず」と語った張本人ですがら、「虜囚にされようとした場合は自決するつもり」でした。
(東條は、確実に死ねるよう医者に心臓の位置を聞いて墨で丸く印をつけていました。銃の反動が大きすぎて急所を反れてしまいましたが。)

死ねなかったとき、これも天命だと思い、東京裁判で連合国と全力で争いました。
(パール判事の判決を聞いた東條は、「百年の後の世かとぞ思いしに今このふみを眼のあたりに見る」と辞世の句を歌いましたから、少なくともパール判決には満足したようです。)
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