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Re: パクリ民族が奢るとみっともない

投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/02/13 05:46 投稿番号: [90011 / 230347]
  天皇の戦争責任問題


  天皇の戦争責任問題は、戦後の日本の、今も続く大きな問題である。連合国は当初、昭和天皇を戦争犯罪人として裁く予定であった。

  しかし、アメリカの方針転換によって、天皇の責任は問わないことになった。アメリカ国民の多くも天皇を戦犯として裁くことを要求していたし、イギリス、オーストラリア、ソ連などの連合国は最後まで、アメリカのこの方針に反対であったが、GHQ、マッカーサーはこの意見を無視した。



  ■   「天皇制には反対であるが、天皇は徹底的に利用する」

  それは、マッカーサーの「天皇制には反対であるが、天皇は徹底的に利用する」方針のためであった。アメリカ政府は日本研究家や日本人学者から、日本人の天皇に対する尊敬やその権威に対する畏怖を聞くと、占領軍の日本支配を混乱なく行うために、天皇を利用することが賢明であると気づいたのである。

  占領軍が一番恐れていたことは、敗戦による混乱と、その中で左翼勢力が力を伸ばすことによって、「社会主義革命」が起きることであった。これを防ぐには、天皇の権威を利用することが一番効果的であった。

  アメリカの予想は的中し、日本国民は混乱もなく占領軍の方針に従ったのである。自らの延命を図ってくれたのはマッカーサーであることを良く知っていた昭和天皇は、1975年の初訪米の際に真っ先にマッカーサーの墓に詣でたのは、そのためである。天皇制も昭和天皇の命も位も、すべてマッカーサーによって救われたのである。


  ■   昭和天皇の戦争責任は別問題

  しかし、そのことと、昭和天皇の戦争責任は別問題である。昭和天皇は自らの戦争責任については何度も発言している。敗戦直後は天皇にも責任感覚はあった。

  それは、マッカーサーに会った時に「すべてのことは私に責任があるので、私の処遇はすべてあなたに任せる」と語ったという、マッカーサー回顧録の記載や、極東国際軍事裁判で、要人たちが次々と訴追される中で「すべての責任を私が引き受けることで、他の者の責任を回避することは出来ないか」と側近に語ったことからもそのことがわかる。

  しかし、後年になると態度が一変した。有名なものに1975年の訪米時の外国人記者との記者会見において「戦争責任があると思うか」との問いに「自分は生物が専門で、そのような言葉の綾については良く分からない」と答えた。また、極東軍事裁判が終了した際に、「退位論」が浮上すると頑強に抵抗し、マッカーサーにまで留位の要望を伝えている。

  また、晩年の会見においても、自らを「戦前においても大日本帝国憲法の規定に書いてあるように、政府の決定に従う立憲君主であった」として、戦前も戦後も一貫として政府の決定に従ってきたにすぎないと戦争責任について否認している。


■   「終戦の英断」人間宣言をした平和主義者

  しかし、これは事実に反している。昭和天皇がアジア・太平洋戦争において、政府の決定や軍の方針に口を出し、指導的役割さえ果たした事実は多くの証言から明らかなことである。それどころか、敗戦必死の戦況の中で、自らの地位に固執するあまり、停戦交渉が1年以上遅れたことは、無益な戦争を長引かせ、多くの人命を失わせることにつながった責任は重大である。

  残念なことに、現代日本においては「天皇の戦争責任」はタブーになっており、マスコミもこれを取り上げることはすでにない。日本国民の多くも昭和天皇は「終戦の英断」を下した勇気ある天皇であり、軍部に利用された不運の人であり、人間宣言をした平和主義者であると思い込んでいるのである。
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