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百済そのものが日本人が作った国

投稿者: yokokaratatehe 投稿日時: 2008/02/05 21:02 投稿番号: [89041 / 230347]
日本書紀・雄略紀

→   「高句麗に不意打ちされ、攻め落とされた時に百済は一度滅び(西暦で4475年)、その後(477年)、雄略天皇が百済王に繋がりのある者に「熊津の地」(その後の百済の地)を賜って国を再興させた。<


建国からして、その後の「百済」は日本側が作った国で、だから、朝鮮半島の中で、唯一、言語が満州語族に属し、言語、文化がまったく違っていた。


>『倭の保護国的な色彩を帯びる。『日本書紀』の中には、領土を奪われた百済に任那の一部を割譲した記録や援軍を供出した記録、さらには倭朝廷に朝貢したり、王族を人質として差し出した記録などが数多く残っている。』

『扶余の東明王の後裔である扶余王尉仇台が高句麗に国を滅ぼされ、百の家族を伴って済海(海を渡る)し、帯方郡の地に国を建てた。それが「百済(伯済)」の語源となった。元の国は高句麗内にあったというが、かつての扶余のことであろう。』

『扶余は、中国三国時代に満州に住んでいた民族』

『中国歴史書には「百済は支配層と民衆の言語が違う」とも、「住民の多くが中国人や倭人」とも、「倭人が頗る多い」とも記されている。』<


つまり、史書に多く登場する「百済」は、日本人と満州族で作った国。

ここで、日本人と中国人は、直接やりとりしていたので、「文化の伝播」にも、今でいうところの「朝鮮人」は、全然関係ない。

だから、いつまで経っても、朝鮮が文化の運び手だったなんて話しは学会では出ないw
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