Re: 謝罪に見合う行動を求む
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2008/01/20 18:47 投稿番号: [86829 / 230347]
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李氏朝鮮時代の身分制度
身分は、大きく「良民」と「賤民」に分かれる。
「良民」とは、自由民であり、納税、国役の義務を負い、さらに「両班(文班、武班)」、「中人(下級役人、技術官など)」、「常民(農民、商人、職人)」に分けられた。「賤民」は「奴隷―奴婢」と「白丁(ペクチョン)(動物の屠殺に従事する者)」、「才人(広大ともいう)(芸人)」、「官妓(役所に所属する酌婦)」、「牽令(キュンエン)(牛・馬を引く者)」、「砲手(猟師)」、「水尺(スチョク)(狩猟民)」、「駅卒(駅の使用人)」、「巫女」、「僧侶」など多岐にわたっていた。
「奴婢」は「公奴婢―国家に所属するもの」と「私奴婢―個人に所属するもの」に分けられていた。さらに奴婢は「公奴婢、」「私奴婢」とも「入役奴婢」と「納貢奴婢」とがあった。「入役奴婢」は、国の労役や主人の雑役に従事しなければならないが、「納貢奴婢」は国や主人から独立の生計を営みながら一定の身貢をする義務があった。
※ これは日本の江戸時代の士農工商と少し違う。しかし当時民族をまとめる場合は、階級制度を使うのが合理的であったはず。また差別民族は、日本にもエタなどの民族があるそうですね。
■ 「光復日」
憎き日本が戦争に負けて引き上げた時、要するに日本の敗戦については「光復日」として朝鮮の開放の時であったと捉えるでしょう。
欧州では敗戦によりドイツが東西に分割されます。アジアでは敗戦国の日本ではなく朝鮮が南北に分割されます。この差はいったい何だろうと思う事でしょう。
そして南北が戦争を起こし、戦線が国土全体を数回往復する形で移動し、全土が焦土となり、多数の犠牲者が出、国土の分断は決定的なものになります。
この戦争で日本は特需で大いに稼ぎ、経済大国への道を歩み始めます。悪い日本が分断の罰を受けず、代わりに自分たちがその身代わりになり、米ソの代理戦争で朝鮮半島は血を流し、日本は大いに潤った。
このように書きますと中世から近代にかけて、
1・秀吉の侵略、
2・明治日本の侵略と併合、
3・日帝時代の理不尽な押し付けと国民の抵抗、
4日本の敗戦と南北分断、そして戦争それによる日本の経済繁栄
■ 韓国の歴史はそのまま対日本関係史になってしまいます。
歴史的事実とは言え余りにも自国は不運、いつも日本だけが良い思いをしている。そしてこの歴史の結果、現在の分断国家という厳しい現実がある訳です。
韓国の人達は「何故韓国はこのような民族分断という状況になってしまったのか?」という視点で歴史を学ぶ。李氏朝鮮末期と日本の敗戦、この2回の飛躍の大きなチャンスを逃してしまった韓国。
また、徳川家と李氏朝鮮は概して友好関係にありましたが、3代家光の頃までは日本側は朝鮮の警戒を少しでも和らげようと相手に相当配慮しています。
しかし秀吉侵略の300年後に再度の侵略があり、やはり日本は油断がならないと思っている。それからまだ100年も経過しておりません、「またやって来るのではないか?」と警戒心を持つのは当たり前の事なのです。
* 大韓民国では李朝鮮時代を否定したり、日帝時代を評価するような不届き者はいません。またチンイルパ(親日家)は人を貶すときに使います。正しい教育が行き届いています。
身分は、大きく「良民」と「賤民」に分かれる。
「良民」とは、自由民であり、納税、国役の義務を負い、さらに「両班(文班、武班)」、「中人(下級役人、技術官など)」、「常民(農民、商人、職人)」に分けられた。「賤民」は「奴隷―奴婢」と「白丁(ペクチョン)(動物の屠殺に従事する者)」、「才人(広大ともいう)(芸人)」、「官妓(役所に所属する酌婦)」、「牽令(キュンエン)(牛・馬を引く者)」、「砲手(猟師)」、「水尺(スチョク)(狩猟民)」、「駅卒(駅の使用人)」、「巫女」、「僧侶」など多岐にわたっていた。
「奴婢」は「公奴婢―国家に所属するもの」と「私奴婢―個人に所属するもの」に分けられていた。さらに奴婢は「公奴婢、」「私奴婢」とも「入役奴婢」と「納貢奴婢」とがあった。「入役奴婢」は、国の労役や主人の雑役に従事しなければならないが、「納貢奴婢」は国や主人から独立の生計を営みながら一定の身貢をする義務があった。
※ これは日本の江戸時代の士農工商と少し違う。しかし当時民族をまとめる場合は、階級制度を使うのが合理的であったはず。また差別民族は、日本にもエタなどの民族があるそうですね。
■ 「光復日」
憎き日本が戦争に負けて引き上げた時、要するに日本の敗戦については「光復日」として朝鮮の開放の時であったと捉えるでしょう。
欧州では敗戦によりドイツが東西に分割されます。アジアでは敗戦国の日本ではなく朝鮮が南北に分割されます。この差はいったい何だろうと思う事でしょう。
そして南北が戦争を起こし、戦線が国土全体を数回往復する形で移動し、全土が焦土となり、多数の犠牲者が出、国土の分断は決定的なものになります。
この戦争で日本は特需で大いに稼ぎ、経済大国への道を歩み始めます。悪い日本が分断の罰を受けず、代わりに自分たちがその身代わりになり、米ソの代理戦争で朝鮮半島は血を流し、日本は大いに潤った。
このように書きますと中世から近代にかけて、
1・秀吉の侵略、
2・明治日本の侵略と併合、
3・日帝時代の理不尽な押し付けと国民の抵抗、
4日本の敗戦と南北分断、そして戦争それによる日本の経済繁栄
■ 韓国の歴史はそのまま対日本関係史になってしまいます。
歴史的事実とは言え余りにも自国は不運、いつも日本だけが良い思いをしている。そしてこの歴史の結果、現在の分断国家という厳しい現実がある訳です。
韓国の人達は「何故韓国はこのような民族分断という状況になってしまったのか?」という視点で歴史を学ぶ。李氏朝鮮末期と日本の敗戦、この2回の飛躍の大きなチャンスを逃してしまった韓国。
また、徳川家と李氏朝鮮は概して友好関係にありましたが、3代家光の頃までは日本側は朝鮮の警戒を少しでも和らげようと相手に相当配慮しています。
しかし秀吉侵略の300年後に再度の侵略があり、やはり日本は油断がならないと思っている。それからまだ100年も経過しておりません、「またやって来るのではないか?」と警戒心を持つのは当たり前の事なのです。
* 大韓民国では李朝鮮時代を否定したり、日帝時代を評価するような不届き者はいません。またチンイルパ(親日家)は人を貶すときに使います。正しい教育が行き届いています。
これは メッセージ 86823 (triangulum48 さん)への返信です.
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