Re: 学校教育に関する横やりの(横)
投稿者: ooosolemiiyo 投稿日時: 2008/01/03 10:31 投稿番号: [83154 / 230347]
あのさ、余り、云いたくないんだけど。
>それに、1910年のデータではダメです。出すならば、日本が大韓帝国を保護国化する、1905年以前の統計でなくては?因みに崔 経鎬著 『歴史的検証 日韓併合』(祥伝社黄金文庫 2007年)によると、朝鮮総督府初代総監 伊藤博文は、「普通学校令」を出しました(1906年)。ここでも日韓併合までに百校以上新設、という言及があります。この流れが続き、1943年の学校数は5,000校を数えました。その中の最高峰が京城帝国大学、現ソウル大の前身で、6番目に創設された(阪大や名古屋大よりも前ですよ、恐ろしいことに?)帝国大学です。御自分のデータよりも少ないとお思いかもしれませんが、さっきも言ったカリキュラムの問題、そして大院君が、儒林の力を落とす為に、書院を600→47に減らした経緯を考えると、せいぜい私塾といった物では?別に私塾がいかんとは言いませんが、では今の、日本以上に厳しい受験戦争を潜り抜ける韓国の学生が、私塾のみで社会に出るのか?という事です。
「何校造ったか?」と言われれば、学校教育の理念と目的、歴史的経緯、直接的・間接的関与もひっくるめて強気に言ってしまえば、
「大韓民国成立前の、民族学校を除く、近代教育校のほとんど全て」
になります。
>>昔で云う、コピペ、するのにも、単純にすれば云いというものです無いんだよ。
とても、とても、大切な事が書いてある。
それを、読みやすいょうに、加工できるのだよ、君が。
だから、とりあえず、こう、すべきなのだ。
>それに、1910年のデータではダメです。
出すならば、日本が大韓帝国を保護国化する、1905年以前の統計でなくは?因みに崔 経鎬著 『歴史的検証 日韓併合』(祥伝社黄金文庫 2007年)によると、
朝鮮総督府初代総監 伊藤博文は、「普通学校令」を出しました(1906年)。
ここでも日韓併合までに百校以上新設、という言及があります。
この流れが続き、1943年の学校数は5,000校を数えました。
その中の最高峰が京城帝国大学、現ソウル大の前身で、6番目に創設された(阪大や名古屋大よりも前ですよ、恐ろしいことに?)帝国大学です。
御自分のデータよりも少ないとお思いかもしれませんが、さっきも言ったカリキュラムの問題、
そして大院君が、儒林の力を落とす為に、書院を600→47に減らした経緯を考えると、せいぜい私塾といった物では?別に私塾がいかんとは言いませんが、
では今の、日本以上に厳しい受験戦争を潜り抜ける韓国の学生が、私塾のみで社会に出るのか?という事です。
「何校造ったか?」と言われれば、学校教育の理念と目的、歴史的経緯、直接的・間接的関与もひっくるめて強気に言ってしまえば、
「大韓民国成立前の、民族学校を除く、近代教育校のほとんど全て」
になります。
>>単純にコピペするのではなく、理解してもらう、自分の単純な思いだけではなく、人に伝えるべきなのです。
人に理解してもらうと云うのは、とても、大事です。
>それに、1910年のデータではダメです。出すならば、日本が大韓帝国を保護国化する、1905年以前の統計でなくては?因みに崔 経鎬著 『歴史的検証 日韓併合』(祥伝社黄金文庫 2007年)によると、朝鮮総督府初代総監 伊藤博文は、「普通学校令」を出しました(1906年)。ここでも日韓併合までに百校以上新設、という言及があります。この流れが続き、1943年の学校数は5,000校を数えました。その中の最高峰が京城帝国大学、現ソウル大の前身で、6番目に創設された(阪大や名古屋大よりも前ですよ、恐ろしいことに?)帝国大学です。御自分のデータよりも少ないとお思いかもしれませんが、さっきも言ったカリキュラムの問題、そして大院君が、儒林の力を落とす為に、書院を600→47に減らした経緯を考えると、せいぜい私塾といった物では?別に私塾がいかんとは言いませんが、では今の、日本以上に厳しい受験戦争を潜り抜ける韓国の学生が、私塾のみで社会に出るのか?という事です。
「何校造ったか?」と言われれば、学校教育の理念と目的、歴史的経緯、直接的・間接的関与もひっくるめて強気に言ってしまえば、
「大韓民国成立前の、民族学校を除く、近代教育校のほとんど全て」
になります。
>>昔で云う、コピペ、するのにも、単純にすれば云いというものです無いんだよ。
とても、とても、大切な事が書いてある。
それを、読みやすいょうに、加工できるのだよ、君が。
だから、とりあえず、こう、すべきなのだ。
>それに、1910年のデータではダメです。
出すならば、日本が大韓帝国を保護国化する、1905年以前の統計でなくは?因みに崔 経鎬著 『歴史的検証 日韓併合』(祥伝社黄金文庫 2007年)によると、
朝鮮総督府初代総監 伊藤博文は、「普通学校令」を出しました(1906年)。
ここでも日韓併合までに百校以上新設、という言及があります。
この流れが続き、1943年の学校数は5,000校を数えました。
その中の最高峰が京城帝国大学、現ソウル大の前身で、6番目に創設された(阪大や名古屋大よりも前ですよ、恐ろしいことに?)帝国大学です。
御自分のデータよりも少ないとお思いかもしれませんが、さっきも言ったカリキュラムの問題、
そして大院君が、儒林の力を落とす為に、書院を600→47に減らした経緯を考えると、せいぜい私塾といった物では?別に私塾がいかんとは言いませんが、
では今の、日本以上に厳しい受験戦争を潜り抜ける韓国の学生が、私塾のみで社会に出るのか?という事です。
「何校造ったか?」と言われれば、学校教育の理念と目的、歴史的経緯、直接的・間接的関与もひっくるめて強気に言ってしまえば、
「大韓民国成立前の、民族学校を除く、近代教育校のほとんど全て」
になります。
>>単純にコピペするのではなく、理解してもらう、自分の単純な思いだけではなく、人に伝えるべきなのです。
人に理解してもらうと云うのは、とても、大事です。
これは メッセージ 83151 (wasiya2610 さん)への返信です.
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