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Re: 旧日本兵さんよ

投稿者: shimazu_yoshihiro_2008 投稿日時: 2008/01/02 00:54 投稿番号: [82772 / 230347]
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  吾々を載せた捕虜列車は雪の中をさらに西に進んだ。
  昭和二十年十二月二十一日、チユレンホーボ(第三十一地区)に到着した。列車から全員降ろされる。ここが吾々の旅の終着地となった。

  「第六捕虜収容所」、ここには、吾々「西元三九一部隊、一四七九名」の外に「鳥羽部隊一四八〇名」・「星野部隊一四九六名」・「石野部隊一四八五名」・「河野部隊一四七二名」・「谷部隊一四九二名」・「前川部隊一四九五名」、計一〇、四〇〇名が収容された。

  凍土の上を鉄条網で四角に区切っただけの四角い広場が吾々に与えられた場所だった。四隅に監視用の高い望楼があり、自動小銃を構えたソ連兵の姿が見えた。

  兵舎は日本軍の天幕で、二重に張った天幕の間に石炭がらを入れて寒さを防ぐ。各天幕にペーチカが一個支給された。二段式の寝台が十五、一舎三十人位である。三十個の幕舎で一つの収容所をなした。

  昭和二十一年正月。外は零下三十五度余、寒さの中で捕虜生活初めての元旦を迎えた。

  見知らぬ異国に連れてこられた吾々は、何につれても激しく望郷の念にかられた。だが西へ西への長い移送の旅、車中での忌まわしい出来事、全てが帰郷と結びつける術はなかった。

  捕虜生活は旧軍隊の生活と同じように、ラッパに始まりラッパで終わる。起床ラッパが鳴ると、急いで身支度を整えて営庭に整列し点呼を受ける。

  配給される食事に、新鮮な野菜などは皆無だった。

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