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飛鳥・奈良は渡来人が造った都

投稿者: elgfare 投稿日時: 2007/12/25 07:02 投稿番号: [80563 / 230347]
飛鳥は渡来人の里

  とりわけ百済から渡来してきた人たちが、飛鳥文化の開花に果たした役割は極めて大きいものでした。4、5世紀の日本には国家とか民族という概念はまだなかったから、朝鮮人が来ているなんて誰も思わなかったのです。百済の人々は、大した違和感もないまま日本に住み着き、朝鮮の文化をそのまんま日本に持ちこんだ。鉄をつくり銅をとかす技術を持った渡来人は、テクノクラートとして歓迎されたのです。それこそまさに文明開化です。かくして花開いたのが飛鳥文化だった。

  扶桑社の『新しい歴史教科書』は法隆寺について、「調和のとれた優美な姿の五重塔や金堂が、中国では見られない独特の配置で立ち並んでいる」と書いています。しかし法隆寺に先だって建立された日本最古の寺院・法興寺(飛鳥寺)の金堂は、百済の定林寺の金堂と同じ大きさで、西門は定林寺の中門と同じなのです。まさに百済にあった寺院を模倣して法興寺は造られた。そもそも設計そのものが、高麗尺ないしは百済尺(後に日本人は鯨尺と言い換えた)という朝鮮の単位で設計されていました。

  このことは高松塚古墳やキトラ古墳を見てもわかるでしょう。どうしてキトラ古墳の天井に「平壌の空」の天文図が描かれているのか。キトラ古墳を造ったのはおそらく朝鮮系の渡来人で、自分たちの故郷の空を描いたのです。高松塚にもキトラにも、壁面に四神――青龍・白虎・朱雀・玄武(亀)――が描かれています。そして平壌周辺などで発掘されている高句麗古墳群にも同様の壁画が残されているのです。高句麗古墳群は先頃、世界遺産に登録されたばかりです。

  さらに奈良の大仏の建立について。「752年4月9日、日本では天平文化の開花を告げる行事が華やかにくりひろげられた。2万人余が参列した東大寺大仏開眼会の儀式がそれであって、開眼の導師をつとめたのはインド出身のバラモン僧菩提だった──(中略)──行基や良弁、秦朝元らが渡来氏族の出であるのに対し、公麻呂は天智朝の代に亡命してきた百済官人の後裔であったことである」。要するに大仏建立を指揮しているのも、中国や朝鮮・百済系渡来人の子孫だったということです。

  扶桑社の『新しい歴史教科書』にあるように、渡来文化を「取り入れた」とか「影響を受けた」とかというレベルじゃないのです。日本人の側が取捨選択したわけではなくて、「朝鮮文化がそのまま持ち込まれた」というのが実相なのです。オタンコナスが作ってる扶桑社の教科書は、何か古来より「日本文化なるもの」、「日本人なるもの」があったと言いたいわけですが、その日本文化が渡来文化を取り込みながら、独自の文化を発展させていったとしたいわけだけれども、実際には全くそうじゃないということです。むしろ中国や朝鮮半島からの渡来人が主体になって、その2世、3世が「日本文化」をつくった。それが正しい歴史認識でしょう。

http://www.bund.org/opinion/20040925-1.htm

こんな当然なこと

君らはまだ新鮮な発見かい?

洗脳された脳内思考

改めるいい機会だ

自国の正史

勉強しな

それとさ

君らも礼儀を重んじる日本人だろう

君らの大先祖である朝鮮人様に

唾を吐くような愚かの言動は慎もうね
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