Re: kimよ自国の歴史を知れ(貨幣経済未発
投稿者: ooosolemiiyo 投稿日時: 2007/12/24 14:10 投稿番号: [80324 / 230347]
人間の背中に頼っていたり李朝時代の物流
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それ以前の李朝時代の物品の交流は、褓負商(ボブサン・行商人)に頼っていた。
たとえば、全州の行商人(褓負商)は妻子とともに、全州名産の生姜と櫛を背負って、平壤まで三週間余りかけて歩き、そこで販売する。
次に、人力車も通れない道をふたたび歩いて元山に行き、昆布と干魚を売りさばくという具合だ。
時間が予定以上にかかったり、滞在が延びたりしたら、利益は見込めない。
そのさまを想像しただけでも、
道路やインフラ整備を怠った李朝が、
百姓にとって、いかに苛酷な統治者であったかがわかる。
この場合でも馬を使うのが普通だが、馬には人間以上の経費がかかる。
結局、運搬道具として、牛馬ならぬ人間の背中が最も利用されることとなった。
朝鮮には、遠い昔から運搬具として
”チゲ” というものがあって、今も農村では欠かせない道具だが、
肩にかければ荷重が背中全体に、公平に配分されるから肩が痛くないという特徴がある。
嶺東には蜂蜜の生産は多いが塩がなく、
平安道では鉄の生産は多いがミカン・レモンはなく、
咸鏡道では朝鮮人参の生産は多いが綿布は生産されない。
このような地方特産品を鉄道の敷設によって流通させることができれば、住民の生活向上につながることは言を俟たない。
暗黒の国土に鉄道が開通し、日本の先導で
ようやく近代化のきざしが朝鮮にも見られるようになった史実は、否定できない。
なぜ、百姓が川に入って橋脚を支えるのか
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18世紀の末葉、李朝の実学・朴斉家
(ぼくせいか・1750〜1815年)は当時、奎章閣の検書官であったが、
清国の交通事情と朝鮮の交通事情を比較し、道路と橋梁の改良策を具体的に提議した。
だが、李朝には、その意欲も実力もまったくなかったことは、先に記した通りである。
彼が告発した内容を一部示すと、次のようなものだった。
大体、橋梁は丸型のほうがよいとされているのに、
ソウルにある橋はすべて平型であるから、洪水になると水に流される。
だからソウルの橋は、一年ともったことがない。
二股に分かれた水を立てて橋脚とし、
その上に松の枝と葉を敷き、土を被せたところを人が通り、馬が通る。
橋が崩落したり倒壊するのを防ぐために、
百姓たちが動員されて水の中に入り、立ったまま橋脚を支えるなどということも茶飯事だ。
人と牛馬が渡るボロ橋を、百姓の力で支えられようか?
もっぱら近代化には反対で、
一般庶民の助かることは何一つせず、断髪令にも反対して、
逆に近代化の遂行を推し進めた総理大臣・金弘集を理由もなく惨殺する、
などという体制のもとでは、道路・鉄道どころではないことは明らかである。
高宗は、清国を後ろ盾にして権勢を振るい、
近代化を唱える憂国の志士たちは、連座法によで六親等まで処罰されるありさまだった。
代表的賢人と評された、金玉均・朴泳孝・徐載弼(じょさいひつ)・洪栄植(こうえいしょく)・徐光範(じょこうはん)などが辿った残酷な運命は、この間の事情を物語っている。
日本の電気会社によって、電灯が供給され、動脈である鉄道も敷設されて、
ようやく文明の恩恵の一端に触れることになったのは、せめてもの幸いだった。
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『日韓併合』 崔基鎬著 祥伝社より
>>最近韓国で李朝が見直されているようですが。
韓国で李朝の公用車、ロールスロイスが、公開されたそうです。
勿論、併合した日本が、李王を尊重して、買い与えたものです。
そういう、歴史的経緯おも、触れる事無く、空喜びする朝鮮人。
それを、知れば、誰が、朝鮮人を軽蔑なくして、過ごせますか。
世界、最低民族、朝鮮人。
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それ以前の李朝時代の物品の交流は、褓負商(ボブサン・行商人)に頼っていた。
たとえば、全州の行商人(褓負商)は妻子とともに、全州名産の生姜と櫛を背負って、平壤まで三週間余りかけて歩き、そこで販売する。
次に、人力車も通れない道をふたたび歩いて元山に行き、昆布と干魚を売りさばくという具合だ。
時間が予定以上にかかったり、滞在が延びたりしたら、利益は見込めない。
そのさまを想像しただけでも、
道路やインフラ整備を怠った李朝が、
百姓にとって、いかに苛酷な統治者であったかがわかる。
この場合でも馬を使うのが普通だが、馬には人間以上の経費がかかる。
結局、運搬道具として、牛馬ならぬ人間の背中が最も利用されることとなった。
朝鮮には、遠い昔から運搬具として
”チゲ” というものがあって、今も農村では欠かせない道具だが、
肩にかければ荷重が背中全体に、公平に配分されるから肩が痛くないという特徴がある。
嶺東には蜂蜜の生産は多いが塩がなく、
平安道では鉄の生産は多いがミカン・レモンはなく、
咸鏡道では朝鮮人参の生産は多いが綿布は生産されない。
このような地方特産品を鉄道の敷設によって流通させることができれば、住民の生活向上につながることは言を俟たない。
暗黒の国土に鉄道が開通し、日本の先導で
ようやく近代化のきざしが朝鮮にも見られるようになった史実は、否定できない。
なぜ、百姓が川に入って橋脚を支えるのか
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18世紀の末葉、李朝の実学・朴斉家
(ぼくせいか・1750〜1815年)は当時、奎章閣の検書官であったが、
清国の交通事情と朝鮮の交通事情を比較し、道路と橋梁の改良策を具体的に提議した。
だが、李朝には、その意欲も実力もまったくなかったことは、先に記した通りである。
彼が告発した内容を一部示すと、次のようなものだった。
大体、橋梁は丸型のほうがよいとされているのに、
ソウルにある橋はすべて平型であるから、洪水になると水に流される。
だからソウルの橋は、一年ともったことがない。
二股に分かれた水を立てて橋脚とし、
その上に松の枝と葉を敷き、土を被せたところを人が通り、馬が通る。
橋が崩落したり倒壊するのを防ぐために、
百姓たちが動員されて水の中に入り、立ったまま橋脚を支えるなどということも茶飯事だ。
人と牛馬が渡るボロ橋を、百姓の力で支えられようか?
もっぱら近代化には反対で、
一般庶民の助かることは何一つせず、断髪令にも反対して、
逆に近代化の遂行を推し進めた総理大臣・金弘集を理由もなく惨殺する、
などという体制のもとでは、道路・鉄道どころではないことは明らかである。
高宗は、清国を後ろ盾にして権勢を振るい、
近代化を唱える憂国の志士たちは、連座法によで六親等まで処罰されるありさまだった。
代表的賢人と評された、金玉均・朴泳孝・徐載弼(じょさいひつ)・洪栄植(こうえいしょく)・徐光範(じょこうはん)などが辿った残酷な運命は、この間の事情を物語っている。
日本の電気会社によって、電灯が供給され、動脈である鉄道も敷設されて、
ようやく文明の恩恵の一端に触れることになったのは、せめてもの幸いだった。
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『日韓併合』 崔基鎬著 祥伝社より
>>最近韓国で李朝が見直されているようですが。
韓国で李朝の公用車、ロールスロイスが、公開されたそうです。
勿論、併合した日本が、李王を尊重して、買い与えたものです。
そういう、歴史的経緯おも、触れる事無く、空喜びする朝鮮人。
それを、知れば、誰が、朝鮮人を軽蔑なくして、過ごせますか。
世界、最低民族、朝鮮人。
これは メッセージ 80321 (ooosolemiiyo さん)への返信です.
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