弥生人のルーツのルーツ>呉の太伯>稲
投稿者: xyzhaya2gou 投稿日時: 2007/12/22 18:53 投稿番号: [79921 / 230347]
弥生人のルーツが、呉人ーー>周人として、そのルーツはどこから?
>イネの原生種が生育するアッサム(インド北東部)・雲南ではないかとされています。
>野生のイネを食糧とし人工栽培に成功、それとともに稲作に適した高床式住居を発明。これが、倭人の誕生ということになります。
>西南方も倭人の国「夜郎国」「テン国」などがありましたが、秦・漢そして蜀による侵略で、すべてが滅亡しています。
>倭人が最後に雲南に建国した「大理」も13世紀、元のフビライの攻撃により滅亡、大挙して河川沿いに南下、
>タイ・ラオスを建国。
>また、一部の民族は武力により★★山岳地帯へ追い込まれていきました。★★
>
「なぜ高床式住居が日本やタイにあるのか」という第3章の問題の答えですが、「稲作民である倭人が武力で故郷を追われ、移住先の日本やタイに高床式住居を持ち込んだため、両地域に酷似した建築物がみられるようになったから」ということになります。これは、現代日本人と現代タイ人が同系・同根というわけでなく、それぞれの民族を形成することになる多くの要素の中で、「倭人」が共通する要素であった、ということです。
>日本列島でも、タイの山岳民族でみられるような木彫りの鳥が、弥生時代の遺跡から出土しています。それも住居跡ではなくて、村の出入り口にあたる場所でです。これは、古代日本でも、アカ族と同様の門があったことにほかなりません。村内に悪霊が侵入するのを防ぐ目的で建てられていた門は、やがて、より神聖な場所である神社の入り口に建てられるようになっていきました。これが「鳥が居る門」、すなわち「鳥居」ですね。
<
チベット民族のY遺伝子が日本人に近いのは、弥生人と共通の祖先を持つのかも知れない。倭人がチベットに追いやられた・・・。
日本人は、ブリアート人(縄文人と共通の祖先をもつ)とも、チベット人とも繋がりが深い、そしてタイの山岳民族とも。
http://www.geocities.com/littlednaproject/W-MAP.GIFhttp://www.k3.dion.ne.jp/~hougen/essay/e2/2-1.htm
これは メッセージ 79910 (xyzhaya2gou さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/79921.html