Re: 日本食の有由来。2
投稿者: perduememoire 投稿日時: 2007/12/12 13:49 投稿番号: [78851 / 230347]
このように歴史の流れなどから考察すれば、歴史の流れから当然、必然というものは必ず存在する。
それ言うなら、牛をアメリカほどのどでかいステーキでなく、一口でいけるくらいに小じんまりと切って食すのは日本の肉食の伝統といえるだろう。刺身という伝統食文化の流れから当然のことである。肉をタレにつけて食すのも、刺身をしょうゆにつけて食す伝統的な食べ方からの必然的な流れだろう。
反面、先に味を付け込む韓国焼き肉が、肉を先にタレにつけこむというのも、同様に歴史的な必然性があったということか。
もし、焼き肉が、朝鮮発祥であったならば、第二次大戦後という、比較的、新しい時期に入ってきた料理を、いきなり焼いたあとタレにつけるという方法をとることはなかったはずだ。
日本のすき焼きのタレがもとになったかのような、しょうゆベースの日本生まれの甘いタレをあとからつけるより、韓国としては、肉が悪くならないために、日本製の甘いタレの中に漬け込んで保存するという方法をとったのかもしれない。
どうせ漬け込んだところで、塩分や唐辛子の激辛に強い韓国人である。日本製の甘いタレに漬け込んだところで屁でもないだろう。直接、空気や細菌にふれないタレに肉を漬け込んで長持ちさせるという、日本と韓国の食材の保存や衛生観念の違いが、こういうところに現れたかもしれない。
これはこれで少々賢いといえるかもしれない。だが、それも、日本人好みのしょうゆベースのタレあってのこである。
朝鮮人の作ったタレにつけたら、鮮度が白菜どころではない牛肉である。塩と唐辛子に漬けても肉が白菜ほど持つはずがないのだ。
もし、焼き肉が最初からタレにつけこむという韓国の方法で日本に来たなら、日本でも間違いなく肉はタレに漬け込む料理という以外の考えは持たなかったはずだ。
タレに漬け込まなければ焼き肉ではないと、日本人なら素直に思ったはずだ。
大昔に日本に渡来して、長年のうちに日本風に代わっていったというならともかく、戦後に登場したこれほど新しい食文化が、いきなり、あとでタレをつける日本風の食べ方になるとは考えにくい。
もとは日本風の食べ方がもともとの焼き肉の食べ方であったという証拠だろう。
北朝鮮の食文化になく、日韓併合時代にもなく、戦後、はじめて日本で登場したのが焼き肉文化である。
肉をさばいてくれたのは朝鮮人だが、それを日本人好みのしょうゆベースのタレにつけて食べるという「料理」という域に高めたのは日本人である。
羊肉ならモンゴル人も焼いて食べただろう。朝鮮人も狛肉を焼いて食べたことはあるだろう。西欧人だって牛や豚や鶏などを焼いて食べることはある。だが、フランス料理で作られた肉につけておいしいソースはフランス料理のものである。
肉を焼くだけのことを食文化とは言わない。それを「料理」にしてこそ、食文化というのだ。朝鮮半島に、日韓併合以前、牛肉を食べる文化は存在しなかった。併合時代も実際に食べていたのは日本人だけであろう。
戦後、何の調理器具も持たない朝鮮人女工が捨てられるモツをもらって焼くというところから始まり、それが肉にまで及び、さらにしょうゆベースのタレに発展したのは、朝鮮戦争時代の半島ではなく、戦後の日本であることは間違いない。
朝鮮戦争終了後、竹島を勝手に占領した李承晩さえ、日本で発展したおいしい焼き肉文化など知ることなく人生を終えた。それが、後々いつの間にか、北朝鮮にはない、韓国伝統の食文化と言い張るものになろうとは知らず。李承晩なら、まだ生きてれば、同じことを言い張ったろうが。
それ言うなら、牛をアメリカほどのどでかいステーキでなく、一口でいけるくらいに小じんまりと切って食すのは日本の肉食の伝統といえるだろう。刺身という伝統食文化の流れから当然のことである。肉をタレにつけて食すのも、刺身をしょうゆにつけて食す伝統的な食べ方からの必然的な流れだろう。
反面、先に味を付け込む韓国焼き肉が、肉を先にタレにつけこむというのも、同様に歴史的な必然性があったということか。
もし、焼き肉が、朝鮮発祥であったならば、第二次大戦後という、比較的、新しい時期に入ってきた料理を、いきなり焼いたあとタレにつけるという方法をとることはなかったはずだ。
日本のすき焼きのタレがもとになったかのような、しょうゆベースの日本生まれの甘いタレをあとからつけるより、韓国としては、肉が悪くならないために、日本製の甘いタレの中に漬け込んで保存するという方法をとったのかもしれない。
どうせ漬け込んだところで、塩分や唐辛子の激辛に強い韓国人である。日本製の甘いタレに漬け込んだところで屁でもないだろう。直接、空気や細菌にふれないタレに肉を漬け込んで長持ちさせるという、日本と韓国の食材の保存や衛生観念の違いが、こういうところに現れたかもしれない。
これはこれで少々賢いといえるかもしれない。だが、それも、日本人好みのしょうゆベースのタレあってのこである。
朝鮮人の作ったタレにつけたら、鮮度が白菜どころではない牛肉である。塩と唐辛子に漬けても肉が白菜ほど持つはずがないのだ。
もし、焼き肉が最初からタレにつけこむという韓国の方法で日本に来たなら、日本でも間違いなく肉はタレに漬け込む料理という以外の考えは持たなかったはずだ。
タレに漬け込まなければ焼き肉ではないと、日本人なら素直に思ったはずだ。
大昔に日本に渡来して、長年のうちに日本風に代わっていったというならともかく、戦後に登場したこれほど新しい食文化が、いきなり、あとでタレをつける日本風の食べ方になるとは考えにくい。
もとは日本風の食べ方がもともとの焼き肉の食べ方であったという証拠だろう。
北朝鮮の食文化になく、日韓併合時代にもなく、戦後、はじめて日本で登場したのが焼き肉文化である。
肉をさばいてくれたのは朝鮮人だが、それを日本人好みのしょうゆベースのタレにつけて食べるという「料理」という域に高めたのは日本人である。
羊肉ならモンゴル人も焼いて食べただろう。朝鮮人も狛肉を焼いて食べたことはあるだろう。西欧人だって牛や豚や鶏などを焼いて食べることはある。だが、フランス料理で作られた肉につけておいしいソースはフランス料理のものである。
肉を焼くだけのことを食文化とは言わない。それを「料理」にしてこそ、食文化というのだ。朝鮮半島に、日韓併合以前、牛肉を食べる文化は存在しなかった。併合時代も実際に食べていたのは日本人だけであろう。
戦後、何の調理器具も持たない朝鮮人女工が捨てられるモツをもらって焼くというところから始まり、それが肉にまで及び、さらにしょうゆベースのタレに発展したのは、朝鮮戦争時代の半島ではなく、戦後の日本であることは間違いない。
朝鮮戦争終了後、竹島を勝手に占領した李承晩さえ、日本で発展したおいしい焼き肉文化など知ることなく人生を終えた。それが、後々いつの間にか、北朝鮮にはない、韓国伝統の食文化と言い張るものになろうとは知らず。李承晩なら、まだ生きてれば、同じことを言い張ったろうが。
これは メッセージ 78850 (perduememoire さん)への返信です.
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