小泉の祖父はヤクザなんかじゃないよ!
投稿者: hikariyusk 投稿日時: 2007/10/03 09:16 投稿番号: [70349 / 230347]
>小泉元首相が元やくざの孫であることは確かで、裏社会の伝手で家系に朝鮮人が紛れ込んだ可能性は否定できないでしょう。<
ほんとに、息をつようにウソをつくって、そのまんまだな。
遺伝だから、仕方ないのか?
時代から言っても、日本の中に朝鮮人は全くと言っていいほどいない時代だし、本人もヤクザではないし、入れ墨も別な理由で入れている。
元の職業では小学校教員が一番長い。
このあたりのことは、当時の政治家の自伝や政界談にもよく出ていて、事情をみんな知っていた(当時の政界は狭い世界で、実家などもよく知っている人が多かった)ので、芸者に請われて、半裸でよく見せたりしている。
ウイキでも、当時のそういった本でも良く出てるよ。
捏造と妄想はやめろよ、みっともない。
>小泉 又次郎(こいずみ またじろう、慶応元年5月17日(1865年6月10日) - 昭和26年(1951年)9月24日)は、日本の政治家。正二位 勲一等。元首相小泉純一郎は孫。
いれずみ(刺青)大臣、いれずみの又さんの異名をもち人情に厚い大衆政治家であった。衆議院副議長、逓信大臣、横須賀市長等を歴任した。
慶応元年(1865年)5月17日、武蔵国久良岐郡六浦荘村大道(現在の神奈川県横浜市金沢区大道)にトビ職人の父・由兵衛、母・徳の次男として生まれる。
又次郎が小学校へ入学する頃、一家は横須賀に移り、鍛冶屋などを経て、海軍工廠に大工、左官、人夫、等を送り込む人入れ業を始める。
又次郎本人は家業を嫌い、りりしい海軍士官に憧れていたため家に無断で海軍兵学校の予備校に入学する。
しかし兄の急死によって家に連れ戻される。その後も諦めずに次は陸軍士官学校の予備校に再び無断で入学するが、またしても父に見つかり「なんとしても家業を継げ!」と厳命される。
その際、軍人を諦めとび職人になることを父親に見せるため全身に「昇り龍」のいれずみを彫った(当時刺青が入っている者は軍人になる事はできなかったため)と言われている。
30歳のころには芸者だった綾部ナオと結婚する。
板垣退助の演説を聴き政治家を志し、小学校教員、新聞記者などを経て、明治40年(1907年)横須賀市議会議員に当選し議長までつとめる。
明治41年(1908年)衆議院議員総選挙で初当選。以後12回当選を数える。憲政会、立憲民政党など非政友会系の政党に所属する。第二次護憲運動で活躍、大正13年(1924年)に衆議院副議長に選出される。
これは メッセージ 70348 (peroperohanahana さん)への返信です.
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