ハングルについて 総括
投稿者: nishina3777 投稿日時: 2002/08/15 09:43 投稿番号: [700 / 230347]
aoiparrot02様、長らくご無沙汰しました。nishinaです。さて、ハングルについて最後に幾つかの個人的意見を述べておわりたいと思っています。あくまでも個人的意見ですから、間違いも多くあると思います。皆様方には意見、反論よろしくお願いします。
日本語教育を含む朝鮮総督府の言語政策について、あるものは朝鮮文化への干渉、破壊であり、後遺症を残したと言い、また、あるものは朝鮮の識字率の上昇や高等教育機関を設置したことなど朝鮮のためにいいことをしたと言う。果たしてどちらが正しいのだろうか?
私はどちらも歴史学的には間違っていると思います。
私見では、
日本の統治は朝鮮の近代化に多大な影響を与えた。
近代朝鮮語確立のための主体となったのは朝鮮人知識人達であり、その発展の環境として日本の統治は影響を与えた。
と言ったところが妥当だと思っています。
個人的意見ですが日本の統治がなければもっと純粋で優れた朝鮮語になるはずだったのに、と言った意見はナンセンスであると考えます。これは例えば古代日本が漢字の影響を受けなければもっと民族的に純化された日本語になったのに、と言うのと同じくらいばかげたことです。また、日本が近代朝鮮語を作ったという意見も、古代百済の滅亡に伴う大量の移民の日本への流入の影響で、彼ら帰化人が日本語の基礎を作った、というのと同じくらいあほくさい話です。
そもそも近代朝鮮語を作ったのが偉いととか、、近代化したほうが偉いと言う考え方には違和感を感じます。その事で優劣を付けるならば(勿論、言語の近代化や国家の近代化のために努力した人達の功績は一分も減ずるものではないが)、紫式部も十返捨一九も井原西鶴も価値なきものになってしまいます。
最後に歴史トビで見つけたapunchiu2002さんの「re.チェコにおける公用語としてのドイツ語」を抜粋しておわりたいと思います。
「チェコ語」なるものが、もともと確固として存在していたのに、ドイツ語によって圧迫されたというのは間違いです。
チェコ語というものは、チェコ民族主義が生まれる以前には、今のチェコとスロヴァキアに住んでいた人たちのばらばらな方言としてまとまりなく、口語としてのみ存在していただけであって、それを「チェコ語」として、まとまった名称を与え(スロヴァキア語とは別れていったが)、文書や教育にも使える言語として成熟したものにするには、民族主義という仕掛けが必要だったのであって、「チェコ語が初めから何の問題もなく使われていた」という記述は、はっきりいって史実に反しています。
チェコ語がまともな公用語、教育言語として確立するのは、1918年にチェコスロヴァキアが独立してからのことです。それまでは、言語の標準化、つまりどこの方言を標準語として設定するか、正書法をどうやって安定させるかをめぐって揺れ動いていました。
そもそも言語というものが、教育や官庁のための公用語として確立するのは、自然に行われることではないのです。
言語はもともとは口語として存在し、地域ごとにばらばらにまとまりなく存在しているだけであって、それに「チェコ語」なり「日本語」なりと名称と概念を与え、標準化させるのは、民族主義とか国家主義という仕掛けが必要なのです。そもそも俗語が「言語」となり、標準化が行われたのは、イタリアが最初で、その後西欧にひろがりましたが、東中欧地域は、言語ルネサンス、言語の標準化は、西欧に比べて遅れていましたから、19世紀の段階では「チェコ語」なる概念が確立されていたわけでも、標準化されていたわけでもなかったというべきです。だからこそ、民族主義者があれだけ熱っぽく「チェコ語」について
語る必要があったのです。
「チェコ語」が当時、まだ未熟な段階だったからこそ、「チェコ語」について扇動し宣伝する必要があったのです。それが、民族主義、言語ロマン主義というものの意味なのです。
日本語教育を含む朝鮮総督府の言語政策について、あるものは朝鮮文化への干渉、破壊であり、後遺症を残したと言い、また、あるものは朝鮮の識字率の上昇や高等教育機関を設置したことなど朝鮮のためにいいことをしたと言う。果たしてどちらが正しいのだろうか?
私はどちらも歴史学的には間違っていると思います。
私見では、
日本の統治は朝鮮の近代化に多大な影響を与えた。
近代朝鮮語確立のための主体となったのは朝鮮人知識人達であり、その発展の環境として日本の統治は影響を与えた。
と言ったところが妥当だと思っています。
個人的意見ですが日本の統治がなければもっと純粋で優れた朝鮮語になるはずだったのに、と言った意見はナンセンスであると考えます。これは例えば古代日本が漢字の影響を受けなければもっと民族的に純化された日本語になったのに、と言うのと同じくらいばかげたことです。また、日本が近代朝鮮語を作ったという意見も、古代百済の滅亡に伴う大量の移民の日本への流入の影響で、彼ら帰化人が日本語の基礎を作った、というのと同じくらいあほくさい話です。
そもそも近代朝鮮語を作ったのが偉いととか、、近代化したほうが偉いと言う考え方には違和感を感じます。その事で優劣を付けるならば(勿論、言語の近代化や国家の近代化のために努力した人達の功績は一分も減ずるものではないが)、紫式部も十返捨一九も井原西鶴も価値なきものになってしまいます。
最後に歴史トビで見つけたapunchiu2002さんの「re.チェコにおける公用語としてのドイツ語」を抜粋しておわりたいと思います。
「チェコ語」なるものが、もともと確固として存在していたのに、ドイツ語によって圧迫されたというのは間違いです。
チェコ語というものは、チェコ民族主義が生まれる以前には、今のチェコとスロヴァキアに住んでいた人たちのばらばらな方言としてまとまりなく、口語としてのみ存在していただけであって、それを「チェコ語」として、まとまった名称を与え(スロヴァキア語とは別れていったが)、文書や教育にも使える言語として成熟したものにするには、民族主義という仕掛けが必要だったのであって、「チェコ語が初めから何の問題もなく使われていた」という記述は、はっきりいって史実に反しています。
チェコ語がまともな公用語、教育言語として確立するのは、1918年にチェコスロヴァキアが独立してからのことです。それまでは、言語の標準化、つまりどこの方言を標準語として設定するか、正書法をどうやって安定させるかをめぐって揺れ動いていました。
そもそも言語というものが、教育や官庁のための公用語として確立するのは、自然に行われることではないのです。
言語はもともとは口語として存在し、地域ごとにばらばらにまとまりなく存在しているだけであって、それに「チェコ語」なり「日本語」なりと名称と概念を与え、標準化させるのは、民族主義とか国家主義という仕掛けが必要なのです。そもそも俗語が「言語」となり、標準化が行われたのは、イタリアが最初で、その後西欧にひろがりましたが、東中欧地域は、言語ルネサンス、言語の標準化は、西欧に比べて遅れていましたから、19世紀の段階では「チェコ語」なる概念が確立されていたわけでも、標準化されていたわけでもなかったというべきです。だからこそ、民族主義者があれだけ熱っぽく「チェコ語」について
語る必要があったのです。
「チェコ語」が当時、まだ未熟な段階だったからこそ、「チェコ語」について扇動し宣伝する必要があったのです。それが、民族主義、言語ロマン主義というものの意味なのです。
これは メッセージ 699 (aoiparrot02 さん)への返信です.
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