roger_zeさんへ
投稿者: khani_kms2000 投稿日時: 2002/08/14 02:08 投稿番号: [661 / 230347]
申し訳けありません。
変な書き込みをして、
歴史の論争になるとお互いに認識があっているのは平和な時期のことくらいでは
ないかと思います。
どちらかが加害者になった時点からは意見一致は不可能に近いのではないでしょうか?
それは国家間も地域間も紛争になったら結構認識のずれが発生し、中々同視点では見れない
ことが多いことからもわかるのではないかと思います。
韓国を例に挙げると近年、1980年5月に発生した光州民主化運動のことも光州及び
そちらの地方の方らは「偉大なる民主化運動」そのライバルの(歴史的に)地方の方ら
同意しながらも「多くの民主化運動の一つ」と言う隔たりがあります。
そのときの加害者も被害者も和解はしたけれども未だに認識のずれがあり、
普段は問題がないんですが、何かあったときにまた未解決のような問題として
議論されています。
=>何か当時の状況を知ることのできる明確なエピソードがあれば良いのですが
の件ですが、別に昔のことを探り出す気はありませんが、
一つだけご説明させていただきます。あくまでも参考としてです。
1919年3月1日に起きた3.1独立万歳運動のとき、独立万歳運動は非暴力、非武力の
韓国全国で同時多発的に行われた平和行進みたいな独立運動でしたが、同時の憲兵隊、警察、
騎馬隊らが無差別に射撃し、数多くの人々が死亡、負傷しました。
そんな中で一番酷かったのが忠清道のゼアンリという村では教会に村の住民を押し込んで監禁し、
教会に火をづけ、全員(確かではありませんが、約70人あまり)死亡させた事件があります。
すみません。簡単にご説明のつもりが長くなりました。
これは メッセージ 660 (roger_ze さん)への返信です.
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