むかし,むかし・・
投稿者: wing_donky 投稿日時: 2004/12/11 03:08 投稿番号: [6059 / 230347]
今から20年以上もむかしのことです。
一人の少年がいました。
日々,新聞を興味深く読んでは,国際社会の戦争と平和の問題についていろいろと考えていました。
日本の国は,平和憲法を誇り,この考えを世界に広めるべきだ。戦争で犯した日本の残酷な侵略を心から反省し,その上でわかりあい・・・。
中国や韓国などとどんな問題もすべて話し合いで解決できる相互理解の関係・・。
なかなか謝罪の気持ちが中国や韓国の人々の心を融かせない,伝わらないのは,被害者としての心の痛みであり,なかなか許せない心情なのだろうと理解していました。
日本文化を愛しながらも,日本政府が好きになれず,いつもなんだか政府のやることに口をとがらせていた少年でした。
それからもう20年以上の時が流れました。
政府はあれからも何度も謝罪し続けています。
一部の国会議員がちょっとした発言でもん何人も罷免されたり,謝罪したり,発言を撤回したりしました。
たくさんの賠償金もどきの援助や支援や融資や,借款や,寄付を行ってきました。
でも,少年が夢見ていた相互理解の社会は来ませんでした。
それどころか,相互に平等な世界すら来ませんでした。
責められるのは日本ばかりです。
少年は一部の日本人のように逆切れしてしまいそうになっています。
中国人も,韓国人も自分たちの理解が当然と思っています。
ちっとも耳を貸してくれません。
まるで,冤罪を叫ぶ独房の囚人のような気持ちになってきました。
もしかして,何かが違っていたのではないかと。
日本を攻め立てる言葉のほとんどは勢い余ってのうそではないのか。
日本の韓国占領は韓国を搾取はしていたが,当時の時代的制約の中では,きわめて穏当で,恩恵的なものであったなどという論調も目にした。
真実はなんだ?
少年が将来の相互理解を夢見た韓国や中国が声高に主張していた日本の姿は本当の日本の姿だったのか?
意外と日本は不器用で誠実なやつではなかったのか?
そう思えると少年はなんだか自分の国が好きになれた。今までの後ろめたいような自分の国に対する思いが氷解していくようだった。
少年はもう少年ではない。
そしてめっきのはげた日本国憲法はくすみ,
いまだにいじめられてはふらふらとうずくまってぺこぺこしている自分の国がとても哀れに見えるのだった。
これは メッセージ 6057 (nishina3777 さん)への返信です.
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