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Re: 外から失礼します。ビルマについて

投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/04/08 17:53 投稿番号: [51545 / 230347]
>それで最後、日本軍に対して反乱を起こしたと言うことです。

イギリスと中国に騙されて寝返ったのです。

アウサン将軍
アウン・サン・スー・チー女史の父
1938年   学生運動から政治運動へと移り、反英運動を展開する。
1940年バー・モウの「貧民党」に入党、インド国民会議に出席、英国官憲より逮捕状が出たため日本軍鈴木敬二参謀本部大佐を頼り日本の浜松に亡命。
鈴木敬司陸軍大佐のもとで軍事訓練を受ける。
1941年12月16日   アウン・サンは南機関の支援でバンコクにビルマ独立義勇軍を創設。
1942年3月   ビルマ独立義勇軍と南機関でラングーンを陥落。(後にビルマ虐殺と言いがかりにされる)
1944年7月1日   インパール作戦失敗
イギリス軍に「寝返りを考えている」と信書を送る。
1945年3月27日   連合国から「ビルマ独立」の確約のもと寝返り日本軍に対して攻撃する。
1946年1月、アウン・サンはAFPFL総裁に就任。しかし、連合国側から「ビルマ独立の約束は反故される。
1947年7月19日、共産中国に支援されたウー・ソーらに6人の閣僚とともに暗殺される。
1962年、イギリス領から独立したビルマは親中国派のネ・ウィン将軍の社会主義計画党が政権を中国支援のもとクーデターで奪取。

※アウン・サン・スー・チー女史は父が連合国側に裏切られ共産中国に暗殺された事を踏まえ。日本軍を裏切った事を苦悩し京都大学で大東亜共栄圏研究の一人者となる。

http://www5f.biglobe.ne.jp/~thai/
(タイ王国)ジャルーン・チャオプラユーン(元運輸大臣)平成17年1月8日
私はクンユアムに進駐してきた最初の日本兵から、帰還する最後の一兵までを知っている。クンユアムの日本兵は村人と共に働き、お互い協力して生活していた。(親中国独裁軍事政権下で作られた)カンチャナブリの博物館で宣伝される日本軍とは違う。優しかった日本兵を私は忘れない。
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