Re: 外から失礼します。2(天安門事件)
投稿者: rty3657898 投稿日時: 2007/04/08 16:38 投稿番号: [51540 / 230347]
89年
2月親日民主活動家の魏京生釈放要求を全人代に詩人・北島、老木らが送る。中国社会科学院歴史研究所など日中の歴史認識をしている親日派達が賛同する。
3月5日チベット自治区ラサでチベット独立を叫ぶ住民と警官隊が衝突。
3月7日趙紫陽総書記の意向を無視して国務院総理・李鵬はチベット自治区ラサ戒厳令を実施、弾圧を始める。
3月魏京生釈放要求は拡大する。
4月14日胡耀邦が謀殺で死去。
4月17日、18日 「日中友好二十一世紀委員会」に参加した中国政法大、北京大学生がデモを敢行し天安門広場に入る。
中国社会科学院歴史研究所副研究員・包遵信らが党中央、全人代宛に党・国家指導者が学生と対話するよう求める公開状を送る。
4月22日党主催の胡耀邦追悼大会。学生らは天安門広場で独自の追悼集会。
4月23日趙紫陽総書記が北朝鮮訪問に出発し、李鵬の主宰で政治局常務委員会議を開催する。
4月23日李鵬は学生デモに対して「動乱制止小組」を作り弾圧の方向を作る。
4月30日趙紫陽総書記が帰国する。
5月4日趙紫陽総書記「民主と法制の軌道上で問題の解決を図る」と声明発表
5月17日趙紫陽総書記が学生たちに向け書面談話発表。「秋后算帳(後になって処分する)」ことは決して行わないと表明を出す。
5月18日、19日趙紫陽総書記は李鵬を連れ、人民大会堂や天安門広場で学生達と話し合いを始める。
5月19日夜に保守派による党・政・軍幹部大会が開かれ事実上の戒厳体制を宣告。北京市内に戒厳軍の集結始まる。
5月20日、李鵬が午前十時から戒厳を実施すると布告。日中まで趙紫陽総書記に付き添い学生と話し合いをしていた李鵬の騙まし討ちである。
5月23日北京で戒厳令に抗議し百万人大デモ。李鵬罷免を要求。
6月3日戒厳部隊が進行開始する。
6月4日天安門広場において数千人のデモ隊を虐殺する。
6月13日趙紫陽総書記更迭「動乱を支持し、党を分裂させた」として自宅軟禁下に置かれた。
6月14日江沢民が国家主席・総書記になる。
江沢民は学生・チベットの民主運動の元凶は親日派にありと反日教育に力を入れる。特に今回の暴動の発端である中国社会科学院歴史研究所を更迭し、歴史の改ざんを行う。
江沢民は1996年中華民国総統選挙に圧力をかけるため台湾海峡にミサイルを撃ち込んで米軍の緊急展開を招くなど情勢を緊迫させた。
同年にCTBT採択直前に駆け込みで核実験を強行、世界中から非難される。
日本政府が天安門、チベット、核問題を取り上げる時に教科書・靖国問題を取り出し話し合いを拒否する。
ベトナムに対しポルポト支援の中越戦争の謝罪要求については謝罪を拒否する。
2月親日民主活動家の魏京生釈放要求を全人代に詩人・北島、老木らが送る。中国社会科学院歴史研究所など日中の歴史認識をしている親日派達が賛同する。
3月5日チベット自治区ラサでチベット独立を叫ぶ住民と警官隊が衝突。
3月7日趙紫陽総書記の意向を無視して国務院総理・李鵬はチベット自治区ラサ戒厳令を実施、弾圧を始める。
3月魏京生釈放要求は拡大する。
4月14日胡耀邦が謀殺で死去。
4月17日、18日 「日中友好二十一世紀委員会」に参加した中国政法大、北京大学生がデモを敢行し天安門広場に入る。
中国社会科学院歴史研究所副研究員・包遵信らが党中央、全人代宛に党・国家指導者が学生と対話するよう求める公開状を送る。
4月22日党主催の胡耀邦追悼大会。学生らは天安門広場で独自の追悼集会。
4月23日趙紫陽総書記が北朝鮮訪問に出発し、李鵬の主宰で政治局常務委員会議を開催する。
4月23日李鵬は学生デモに対して「動乱制止小組」を作り弾圧の方向を作る。
4月30日趙紫陽総書記が帰国する。
5月4日趙紫陽総書記「民主と法制の軌道上で問題の解決を図る」と声明発表
5月17日趙紫陽総書記が学生たちに向け書面談話発表。「秋后算帳(後になって処分する)」ことは決して行わないと表明を出す。
5月18日、19日趙紫陽総書記は李鵬を連れ、人民大会堂や天安門広場で学生達と話し合いを始める。
5月19日夜に保守派による党・政・軍幹部大会が開かれ事実上の戒厳体制を宣告。北京市内に戒厳軍の集結始まる。
5月20日、李鵬が午前十時から戒厳を実施すると布告。日中まで趙紫陽総書記に付き添い学生と話し合いをしていた李鵬の騙まし討ちである。
5月23日北京で戒厳令に抗議し百万人大デモ。李鵬罷免を要求。
6月3日戒厳部隊が進行開始する。
6月4日天安門広場において数千人のデモ隊を虐殺する。
6月13日趙紫陽総書記更迭「動乱を支持し、党を分裂させた」として自宅軟禁下に置かれた。
6月14日江沢民が国家主席・総書記になる。
江沢民は学生・チベットの民主運動の元凶は親日派にありと反日教育に力を入れる。特に今回の暴動の発端である中国社会科学院歴史研究所を更迭し、歴史の改ざんを行う。
江沢民は1996年中華民国総統選挙に圧力をかけるため台湾海峡にミサイルを撃ち込んで米軍の緊急展開を招くなど情勢を緊迫させた。
同年にCTBT採択直前に駆け込みで核実験を強行、世界中から非難される。
日本政府が天安門、チベット、核問題を取り上げる時に教科書・靖国問題を取り出し話し合いを拒否する。
ベトナムに対しポルポト支援の中越戦争の謝罪要求については謝罪を拒否する。
これは メッセージ 51539 (rty3657898 さん)への返信です.
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