roger_zeさんへ
投稿者: khani_kms2000 投稿日時: 2002/08/10 01:54 投稿番号: [514 / 230347]
返事が遅れまして申し訳ありません。
「98年フランス大会のアジア予選のソウルでの韓日戦」のことで質問されましたが
どう返事したら良いのか少し迷いながら確かではないかもしれない5年前(確かに、試合が
行われたのは97年11月(?)頃でしたよね)
の記憶を思い出しながら述べて行きたいと思っております。
同時、韓国は前評判は高くなく、日本に負けるかもしれないとも言われていました。
しかし、東京での逆転勝利で波に乗り2試合(3?)残して無敗で予選突破を決めました。
その時点、日本はUAEとの東京での試合で引き分けに終わり、もう絶望的と言われかけた
ところで残り試合が韓国、ウズベキスタン(カザフスタン?)で、しかも韓国とはソウルでの遠征、
そのとき、韓国ではこれまでとは全然変わった異様な雰囲気が日々に増して行きました。
多分、言葉でどんなに表現しても日本の方らにそれを伝えることは無理があるくらいのものですが、
どんな時でも、日本を応援する、日本に声援を送るということはあり得ない、想像も出来ないという
社会が、急に、韓国はもう予選突破出来たんだから、
「2002年W杯の共催国」だから3、4位決定戦まではチャンスを与えてはという話が、
今回色んな評価を受けている韓国サポータの「RED DEVILS」を中心にTV、新聞、
サッカーOBらが何気なく話し始め、
遂に「Let's go to France together.」の垂れ幕、リボン、ユニフォームの姿が街中で見られるように
なり、試合直前になってからは日本のサポータ達が来韓し、韓国サポータと交流し、その模様が
TV、新聞の記事となり、普通の国民達は反日感情のところか親日的ととらわれるような態度となり
まあ、一言で言えば日本ブームが起こりました。
正直にいって知日であるはずの私でさえ、試合前日まではとっても理解しがたい風景でしたが、
私もいつも間にか自分の兄弟らに日本も応援しようと誘うようになりました。
本音はともかく、やるなら1:0くらいで負けてほしいなという同時の感情でした。
案の定、試合はいつもの闘志あぶれる韓国の伝統の試合ではなく粘りを全然感じさせない試合で
2:0で予選初の負けを食らいました。日本がゴールを決めたときは歓声こそは低かったんですが、
拍手を送ったり、「Let's go to France together.」、「Let's go to France together.」を叫んでいました。
試合が終わっても誰一人、韓国選手を非難する人は見られませんでした。
翌朝の新聞、TVは韓国サポータと日本のサポータの試合の後のお祭り騒ぎを一面に報道しながら
ソウルでの韓日戦は終わりました。
その直後、私は再来日し、いまに至っております。
お気に入らない表現があるかと思いますが、出来るだけ正直に書くつもりであることをご理解頂ければ幸いと存じます。
ちなみに私の日本での生活は89〜93年、97年11月から現在であります。
「98年フランス大会のアジア予選のソウルでの韓日戦」のことで質問されましたが
どう返事したら良いのか少し迷いながら確かではないかもしれない5年前(確かに、試合が
行われたのは97年11月(?)頃でしたよね)
の記憶を思い出しながら述べて行きたいと思っております。
同時、韓国は前評判は高くなく、日本に負けるかもしれないとも言われていました。
しかし、東京での逆転勝利で波に乗り2試合(3?)残して無敗で予選突破を決めました。
その時点、日本はUAEとの東京での試合で引き分けに終わり、もう絶望的と言われかけた
ところで残り試合が韓国、ウズベキスタン(カザフスタン?)で、しかも韓国とはソウルでの遠征、
そのとき、韓国ではこれまでとは全然変わった異様な雰囲気が日々に増して行きました。
多分、言葉でどんなに表現しても日本の方らにそれを伝えることは無理があるくらいのものですが、
どんな時でも、日本を応援する、日本に声援を送るということはあり得ない、想像も出来ないという
社会が、急に、韓国はもう予選突破出来たんだから、
「2002年W杯の共催国」だから3、4位決定戦まではチャンスを与えてはという話が、
今回色んな評価を受けている韓国サポータの「RED DEVILS」を中心にTV、新聞、
サッカーOBらが何気なく話し始め、
遂に「Let's go to France together.」の垂れ幕、リボン、ユニフォームの姿が街中で見られるように
なり、試合直前になってからは日本のサポータ達が来韓し、韓国サポータと交流し、その模様が
TV、新聞の記事となり、普通の国民達は反日感情のところか親日的ととらわれるような態度となり
まあ、一言で言えば日本ブームが起こりました。
正直にいって知日であるはずの私でさえ、試合前日まではとっても理解しがたい風景でしたが、
私もいつも間にか自分の兄弟らに日本も応援しようと誘うようになりました。
本音はともかく、やるなら1:0くらいで負けてほしいなという同時の感情でした。
案の定、試合はいつもの闘志あぶれる韓国の伝統の試合ではなく粘りを全然感じさせない試合で
2:0で予選初の負けを食らいました。日本がゴールを決めたときは歓声こそは低かったんですが、
拍手を送ったり、「Let's go to France together.」、「Let's go to France together.」を叫んでいました。
試合が終わっても誰一人、韓国選手を非難する人は見られませんでした。
翌朝の新聞、TVは韓国サポータと日本のサポータの試合の後のお祭り騒ぎを一面に報道しながら
ソウルでの韓日戦は終わりました。
その直後、私は再来日し、いまに至っております。
お気に入らない表現があるかと思いますが、出来るだけ正直に書くつもりであることをご理解頂ければ幸いと存じます。
ちなみに私の日本での生活は89〜93年、97年11月から現在であります。
これは メッセージ 456 (roger_ze さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/514.html