Re: たった、100年前まで・・・
投稿者: sada_goro 投稿日時: 2007/01/14 15:47 投稿番号: [45804 / 230347]
◆ 100年間という時間の長さ
学生時代(小学生〜高校生)に習った歴史の中で江戸時代を特徴付けるものの一つは士農工商の身分制度だった
世襲制で悪しき制度の一つとして教えられたけど,その柔軟性や必要性についてはほとんど教わらなかったと言ってよい
それは小学生でも何となく納得できるということで無条件に教え込まれ,その雰囲気が,そのまま明治・大正・昭和と戦前のいろいろな制度や体制には悪いものが多かったというような教え方にも繋がっていた気がする
しかし,大規模な貿易や欧米諸国のような武力侵略による植民地経営をしなかった(知らなかった)日本においては,消費の対象となる生産物は限られており,その中で自由な身分の変動を許すことは,生産品のそれぞれに対する分配率が変動すると言うことであり,政情や生活の混乱をもたらす
その意味で,身分制度を維持することは,国内の経済や生産活動を安定させるという日本人の知恵だったと最近思うようになってきた
また武士階級も身分が上だからと贅沢な生活をしたわけではなく,ごく一部の上層部を除き清貧な生活に甘んじていたし,それを守るだけの矜持を持っていた
優秀な人材があれば身分を越えての登用もあった
日本人の実直で穏やかな性格も,幸いした
飢饉がないときや人口の少ない時期の生産品の分配が順調なときは庶民文化も華やいだ
物資のリサイクルも日本では最高に機能していた
これが中国人や朝鮮人だと賄賂や搾取が横行し,たちまち世の中は乱れてあの土人みたいな生活に陥っていただろうと思う
そういう太平の世の中を混乱に陥れたのが,欧米列強の進出である
支那がどのような状況で欧米に半植民地にされたか,日本各藩の知識人は逸早く入手していた
また,求めに応じて開国はしたものの不平等条約を締結させられ,またそれ以前から不利な交換比率で日本の良質な金や銀は粗悪なメキシコ銀に騙しかえられ,騙し取られていた
そのような状況を打破するためには,日本も富国強兵に努めるしかなかった
幸い,江戸期の両替商や米相場の商いなどの存在は銀行や株式市場への移行を容易にしたし,日本人の器用さ・頭の良さは,遠距離移動や大量生産が必要でなかった日本では発達しなかっただけの機械文明を簡単に吸収してしまった
そうして文明開化から第一次世界大戦までの最初の50年間で,世界の列強の仲間入りをさっさと果たしてしまった
しかし,資源のない日本では貿易による原材料の輸入と加工品の輸出は膨らんだ消費と軍備を維持するために不可欠のものであったが,欧米列強が行った武力侵略による領土侵略や植民地経営など行わず,慎重に条約などの手続きを行っていた
けれども,日露戦争以後のコミンテルンの策謀(プロパガンダ)や欧米列強の手前勝手な植民地政策で世界の悪者に仕立て上げられた日本は原材料の禁輸や生産品のボイコットで喉元を閉められることになる
結局,コミンテルンやルーズベルトの策略にはまり戦争に引き込まれることになる
しかし悪者にされた日本について,後にはマッカーサーも満洲事変以降の日本の戦争は自衛戦争であるとアメリカ議会で証言する
戦後は日本の領土もペリーが開国を迫った時とほぼ同じ規模になり,焼け野原の瓦礫の中から再出発しなければならなかったが,それでも次の50年でアメリカに次ぐ経済大国に再びのし上がった
同じ年月をかけても,一向に進歩しない中国や朝鮮とは,やはり人間の資質が違うのだろう
そうして日本は開国以来,外国に対する債務が焦げ付いたり無視したことなど一度もない国である
それに比べて中国,朝鮮のていたらくには,踏倒し・焦げ付きなど100年前から情けないものがある
学生時代(小学生〜高校生)に習った歴史の中で江戸時代を特徴付けるものの一つは士農工商の身分制度だった
世襲制で悪しき制度の一つとして教えられたけど,その柔軟性や必要性についてはほとんど教わらなかったと言ってよい
それは小学生でも何となく納得できるということで無条件に教え込まれ,その雰囲気が,そのまま明治・大正・昭和と戦前のいろいろな制度や体制には悪いものが多かったというような教え方にも繋がっていた気がする
しかし,大規模な貿易や欧米諸国のような武力侵略による植民地経営をしなかった(知らなかった)日本においては,消費の対象となる生産物は限られており,その中で自由な身分の変動を許すことは,生産品のそれぞれに対する分配率が変動すると言うことであり,政情や生活の混乱をもたらす
その意味で,身分制度を維持することは,国内の経済や生産活動を安定させるという日本人の知恵だったと最近思うようになってきた
また武士階級も身分が上だからと贅沢な生活をしたわけではなく,ごく一部の上層部を除き清貧な生活に甘んじていたし,それを守るだけの矜持を持っていた
優秀な人材があれば身分を越えての登用もあった
日本人の実直で穏やかな性格も,幸いした
飢饉がないときや人口の少ない時期の生産品の分配が順調なときは庶民文化も華やいだ
物資のリサイクルも日本では最高に機能していた
これが中国人や朝鮮人だと賄賂や搾取が横行し,たちまち世の中は乱れてあの土人みたいな生活に陥っていただろうと思う
そういう太平の世の中を混乱に陥れたのが,欧米列強の進出である
支那がどのような状況で欧米に半植民地にされたか,日本各藩の知識人は逸早く入手していた
また,求めに応じて開国はしたものの不平等条約を締結させられ,またそれ以前から不利な交換比率で日本の良質な金や銀は粗悪なメキシコ銀に騙しかえられ,騙し取られていた
そのような状況を打破するためには,日本も富国強兵に努めるしかなかった
幸い,江戸期の両替商や米相場の商いなどの存在は銀行や株式市場への移行を容易にしたし,日本人の器用さ・頭の良さは,遠距離移動や大量生産が必要でなかった日本では発達しなかっただけの機械文明を簡単に吸収してしまった
そうして文明開化から第一次世界大戦までの最初の50年間で,世界の列強の仲間入りをさっさと果たしてしまった
しかし,資源のない日本では貿易による原材料の輸入と加工品の輸出は膨らんだ消費と軍備を維持するために不可欠のものであったが,欧米列強が行った武力侵略による領土侵略や植民地経営など行わず,慎重に条約などの手続きを行っていた
けれども,日露戦争以後のコミンテルンの策謀(プロパガンダ)や欧米列強の手前勝手な植民地政策で世界の悪者に仕立て上げられた日本は原材料の禁輸や生産品のボイコットで喉元を閉められることになる
結局,コミンテルンやルーズベルトの策略にはまり戦争に引き込まれることになる
しかし悪者にされた日本について,後にはマッカーサーも満洲事変以降の日本の戦争は自衛戦争であるとアメリカ議会で証言する
戦後は日本の領土もペリーが開国を迫った時とほぼ同じ規模になり,焼け野原の瓦礫の中から再出発しなければならなかったが,それでも次の50年でアメリカに次ぐ経済大国に再びのし上がった
同じ年月をかけても,一向に進歩しない中国や朝鮮とは,やはり人間の資質が違うのだろう
そうして日本は開国以来,外国に対する債務が焦げ付いたり無視したことなど一度もない国である
それに比べて中国,朝鮮のていたらくには,踏倒し・焦げ付きなど100年前から情けないものがある
これは メッセージ 45787 (yozakura321 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/45804.html