Re: 日本敗戦直後の朝鮮 3
投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2007/01/10 21:17 投稿番号: [45533 / 230347]
その日、午前、空襲警報は鳴ったがすぐ解除になった。
父が南山の陣地から帰っていたかどうかは定かでないが、放送が終わってから帰宅したのではないかと思う。オモニは、その日家に来ていたようには思えない。
正午に、天皇陛下のお言葉があるとの連絡があって、ほどなくニュースが始まった。いつもは、敵機の来襲と戦果を告げる大本営発表ばかりのニュースが、ひどくあらたまった調子になった。フエージング現象か、何か内容は分からなかったが甲高い天皇陛下のお声だけは聞こえた。大人達は、黙って聞いていた。
昭和二十年八月十五日である。
その放送が終わるや否や、向こうの街の方や近くから大勢の人々の喚声があがった。塀から覗いてみると見慣れない若い人達がカーキ色の制服を着て集まっていた。日本の軍服ではなく、変な帽子とネクタイをつけ見たことのない旗を盛んに振っている。日の丸を半分黒く塗り潰し四隅に日の丸を囲むような線をひいた旗を。
それが、韓国旗を最初に見た日でもあった。若い人達の制服は、今から思うとボーイスカウトのそれだった。半ズボンに長いソックス、茶色のハット。地下組織というかアングラ活動によって前々から準備でもしていない限り間に合わない速さであった。父が帰って来て、街中の電車は朝鮮人に占領されていて日本人は乗せて貰えないと言った。「満歳、マンセイ」の声があちこちで聞こえる。何が起きるか分からないから日本人は、息を潜めているばかりだ。祖母、父母は四人の子を抱えて心細かったことだろう。
赤い複葉の飛行機が飛んできた。しばらく旋回していたが急に爆音が上がりまっさかさまに東大門の向こうに突っ込んだ。もうもうと煙が上がった。「自爆だ」父が言った。
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これは メッセージ 45379 (superdreadnote さん)への返信です.
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