Re: 避難民保護のために最後まで戦った日本
投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2007/01/08 22:19 投稿番号: [45368 / 230347]
ほんとはここまでやりたくは無かったのだが、(面倒くさいので)
asianrobo氏からリクエストがあり、またこれまで敗戦直後の朝鮮、ソウルの実情については、あまり知られていない。
満州については良く知られている。中国では、蒋介石の方針で日本軍と
日本人は無事帰国することが出来た。
この点では蒋介石に感謝すべきだろう。
なぜ敗戦直後の朝鮮のことについて、あまり知られていないのか?
私自身もいろいろの機会に本などで齧った程度で、体系的に調べた
ことが無かったので、この際、調べてみようと思った。
これからその結果をおいおい書いて行こうと思う。
呉善花 『生活者の日本統治時代』 三交社
1910年から1945年まで、朝鮮半島は日本の統治下にあったが、その実態は意外なほど知られていない。韓国・朝鮮の公教育や、日本の左翼史観では暴力による圧政がおこなわれ、朝鮮人民は一丸となって抵抗したことになっている。
が、しかし・・
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日本人が小さくなって暮らしていたと見るのは、韓国側証言者も同じである。
朝鮮人との関係が悪くなかったことは、敗戦時に治安が悪化しなかったことでもわかると語る証言がある。
★★日本人はそれなりに豊かでしたから、もし日本人が朝鮮の人たちにひどいことをしていたとすれば、日本の敗戦と同時に、日本人の家に押し入ったり、物を盗ったりするようなことがけっこうあってもおかしくなかったはずで、やろうと思えばできたわけです。敗戦時の無政府状態のときに、やろうと思えばいつでもできたし、やられれば日本人はそれにまったく反抗できなかったはずです。
ところが、朝鮮はとても治安がよくて、日本人を襲う泥棒や強盗の話など聞いたこともありません。戦後もずっと治安のよさが続いていました。
これに対して、韓国側証言者はこう語っている。
★★終戦になるやいなや、西大門のロータリーに日本の兵隊が並びました。警察は力がなくなっていましたので、軍人が日本人を守るために出て来たんですね。戦前には軍人が街のなかに出ることなんて考えられないことでした。日本人に危険があってはいけないと出て来たんです。軍人は三・一運動のときに表面に出て以来、ほとんど一般市民の前には現れることはなかったんです。
日本軍が街頭に出たといっても、もともと大した兵力はなかったのだから、ソウルなど一部の大都市に限られていただろう。
注)
もともと大した兵力は無かったと言っても、戦後朝鮮から18万の日本軍と
約90万の日本人が引き上げている。
これは メッセージ 45284 (asianrobo さん)への返信です.
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