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国賊と呼ばれた近代朝鮮の父「李完用」上

投稿者: xyzhaya 投稿日時: 2006/12/16 09:06 投稿番号: [43603 / 230347]
<最後が感動的だったので、上中下に分けて全文引用(上)>

李完用と聞いて日本時の殆どが首を傾げるだろう。
かつての李朝についての知識がある人ならば、李朝末期の政治家・朝鮮併合時の総理大臣と答えるかも知れない。
では、韓国人に李完用の名前を尋ねればどういう反応を示すだろうか?
「売国奴」「国賊」「反逆者」「乙巳の五賊」「日帝の傀儡」等、自国の総理大臣であった者への評価としてはあまりにも酷すぎるものである。
日本でも、賄賂政治の元凶などと言われた田沼意次や恐怖政治で知られる井伊直弼など悪し様に罵られる為政者も少なからずいる。
だが、彼らについては反面の長所の部分を指摘する研究などもあり、日本ではいかに評判の悪い為政者であっても、一方的に罵られることはない。
それに対し、李完用について現在の韓国では、最初から最後まで悪口雑言の嵐である。
朝鮮併合を韓国人でありながら日本と結託し押し進め、さらには高宗を退位に追い込んだ朝鮮史上最悪の政治家と李完用は罵られる。
果たして彼は韓国人達がそこまで罵る程、彼は酷い政治家だったのであろうか?


李朝後期、朝鮮に作られた最初の西洋系学校「育英公院」の第一期生として1886年に入学し、英語を自在に操り当時の最先端の教育を受けている。
さらに、外交官として渡米するなど当時の朝鮮における数少ない「国際派」であった。
日本で例えるなら、同じく国際法に精通し日本最初の共和制政体を北海道に誕生させた榎本武揚(明治政府において北海道開拓使・逓信大臣・文部大臣・外務大臣・農商務大臣を勤める)のような人物だと思えば良いのかも知れない。
今でこそ、英語を話したり国際法に通じたりなど珍しくもないが、当時のアジアで西欧教育を受ける事自体が最高のエリートであることを示していたのである。
李完用は、その後も朝鮮政府の重職を歴任し、学部大臣・外部大臣・農商工部大臣を務めている。
まずもってこの経歴を見ただけでも彼がただ者ではないことがよく分かる。
自己保身と出世栄達しか考えない無能の輩が、一国の大臣職をかくも勤めることが出来るはずはないからである。
またこの頃より、李完用は初代統監の伊藤博文とも親交を持ち、その政治手腕を伊藤博文ですら賞賛するほどであったと伝えられている。
さらに、1905年の日韓保護条約締結に際しその締結を促し、その「功績を認められて」議政大臣代理に任命され、1907年より朝鮮で最初の内閣総理大臣(役職名として初めて)となっている。
李完用がどの辺りから朝鮮と日本の合邦を考え始めていたかは定かではないが、日韓保護条約の前後で、朝鮮きっての国際派であった彼は当時、末期症状であった將ゥを自力更正不可能と見ていたのは間違いないだろう。
韓国人はこの辺りの事実を認めたがらないが、李朝末期は完全に国家としての機能を失っていたと見て間違いはない。
当時の朝鮮を訪れた外国人達の意見を素直に聞くならば、その様子を理解出来るだろう。


<以下、国賊と呼ばれた近代朝鮮の父「李完用」中に続く>

http://members.at.infoseek.co.jp/konrot/rekisi33.htm
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