Re: ハルノート
投稿者: superdreadnote 投稿日時: 2006/11/23 11:38 投稿番号: [42397 / 230347]
>日本人にはまさに世界が見えていなかったのです。
我日本の國土は亞細亞の東邊に在りと雖ども、其國民の精神は既に亞細亞の固陋を脱して西洋の文明に移りたり。
然るに爰に不幸なるは近隣に國あり、一を支那と云い、一を朝鮮と云ふ。
此二國の者共は一身に就き又一國に關してして改進の道を知らず。
交通至便の世の中に文明の事物を聞見せざるに非ざれども耳目の聞見は以て心を動かすに足らずして、其古風舊慣に變々するの情は百千年の古に異ならず、此文明日新の活劇場に教育の事を論ずれば儒教主義と云ひ、學校の教旨は仁義禮智と稱し、一より十に至るまで外見の虚飾のみを事として、其實際に於ては眞理原則の知見なきのみか、道徳さえ地を拂ふて殘刻不廉恥を極め、尚傲然として自省の念なき者の如し。
我輩を以て此二國を視れば今の文明東漸の風潮に際し、迚も其獨立を維持するの道ある可らず。
今より數年を出でずして亡國と爲り、其國土は世界文明諸國の分割に歸す可きこと一點の疑あることなし。・・・
如何となれば麻疹に等しき文明開化の流行に遭ひながら、支韓兩國は其傳染の天然に背き、無理に之を避けんとして一室内に閉居し、空氣の流通を絶て窒塞するものなればなり。・・・・
支那朝鮮の士人が惑溺深くして科學の何ものたるを知らざれば、・・
支那人が卑屈にして恥を知らざれば、・・・
朝鮮國に人を刑するの惨酷なるあれば、・・・
左れば、今日の謀を爲すに、我國は隣國の開明を待て共に亞細亞を興すの猶豫ある可らず、・・・・
惡友を親しむ者は共に惡友を免かる可らず。我は心に於て亞細亞東方の惡友を謝絶するものなり。
福沢諭吉
脱亜論
これは メッセージ 42382 (kim_taek_joo さん)への返信です.
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