Re: 日本の歴史教育の良さ
投稿者: goddagodo345 投稿日時: 2006/09/08 03:41 投稿番号: [37325 / 230347]
>たとえば、韓国なら韓国がどういう傾向の国か、くらいは教えといた方がいいのではないでしょうか。
それにやっぱり、日本は好きになるようにするべきだと思います。
これには、同感ですが、僕はマスコミの仕事なんじゃないかと思っています。ただただ、友好ムードを煽るんじゃなくて、相手がどういう考えを持った人たちの国なのかを正確に国民に伝えるべきです。
この点においてものすごく怠慢ですね。日本のマスコミは。
>日本人は、結構バランス感覚があると思いますよ。
同感です。だからこそ今の教育の良さがあるはずなんで慎重に考えてしまうんです。
>アメリカの歴史教科書は、個人に配布されるものではなく、学校の備品で、複数の人間が何年かにわたり使用するものではなかったでしょうか?
なるほど、それは知りませんでした。
>キリシタンの弾圧ぐらいしか思い浮かびません。浦上一番崩れ…とか(T T)。
敢えて、日本の恥部をさらす気も無いので、ここでは割愛しときます。ご容赦。
>論語をはじめとするの漢籍の素養はそれなりにあった筈だと思います。
例えば、西郷隆盛は、日本の歴史書ではありませんが、左伝(春秋左氏伝)を愛読していたようです。当然、平家とか太平記とかの素養もあるでしょう。
そうした漢籍等の素養が、いささかランボーですが、気概につながったと思うのです。
これは、哲学ですね。哲学をもっと教えるのは賛成です。
中国人は、孔子や孟子を「迷信」だと教えられてるみたいなんで本当に気の毒です。自分たちの国に綺羅星のように偉人がいるのにその恩恵に預かっているのは日本人の方だと思います。
>神道に教義はないそうです。
祖父の通夜の席(神道)で、近くの神社の人に、神道の教義は何ですか?と聞きましたら、「ない」というお答えでした。
やっぱり無いんですね。
>おっ! そう言えば、けがれを清めるというのは、
気枯れ(気が枯れた状態)を、払い清めると聞いたことがあります。
そういうことなら、不思議と清々しい感じがするのは合点がいきますね。
仏教の話でこんな話を聞いたことがあります。
ある時、仏陀が一番出来の悪い弟子に「塵を払い、埃を払い」と唱えながら毎日庭の掃除をすることを命じたら、結局、その弟子が一番仏陀の教えを悟ることになったと。
ある日、これは、「知・理」を払い、「誇り」を払いということなんじゃないかと思った時にふと目の前が開けたような感覚になったことを覚えています。
新約聖書の中にも、人の目のゴミを指摘する前に、自分の曇った目をきれいにしなさいということが書いた一説が出てきます。
これって、みんな「先入観」のことを言ってるんだと思っています。
僕は、神道の施設の中では、伊勢神宮が一番好きです。
あの静寂な空気は本当に心を落ち着かせる力があると思います。おみくじが売ってないのも好きな理由の一つです。
江戸時代には、全国から人がやってきていた訳ですから、わざわざ、一生に一度やってきたのに「凶」なんてひいてたら気の毒だとう配慮だったのではと勝手に思っています。
それにやっぱり、日本は好きになるようにするべきだと思います。
これには、同感ですが、僕はマスコミの仕事なんじゃないかと思っています。ただただ、友好ムードを煽るんじゃなくて、相手がどういう考えを持った人たちの国なのかを正確に国民に伝えるべきです。
この点においてものすごく怠慢ですね。日本のマスコミは。
>日本人は、結構バランス感覚があると思いますよ。
同感です。だからこそ今の教育の良さがあるはずなんで慎重に考えてしまうんです。
>アメリカの歴史教科書は、個人に配布されるものではなく、学校の備品で、複数の人間が何年かにわたり使用するものではなかったでしょうか?
なるほど、それは知りませんでした。
>キリシタンの弾圧ぐらいしか思い浮かびません。浦上一番崩れ…とか(T T)。
敢えて、日本の恥部をさらす気も無いので、ここでは割愛しときます。ご容赦。
>論語をはじめとするの漢籍の素養はそれなりにあった筈だと思います。
例えば、西郷隆盛は、日本の歴史書ではありませんが、左伝(春秋左氏伝)を愛読していたようです。当然、平家とか太平記とかの素養もあるでしょう。
そうした漢籍等の素養が、いささかランボーですが、気概につながったと思うのです。
これは、哲学ですね。哲学をもっと教えるのは賛成です。
中国人は、孔子や孟子を「迷信」だと教えられてるみたいなんで本当に気の毒です。自分たちの国に綺羅星のように偉人がいるのにその恩恵に預かっているのは日本人の方だと思います。
>神道に教義はないそうです。
祖父の通夜の席(神道)で、近くの神社の人に、神道の教義は何ですか?と聞きましたら、「ない」というお答えでした。
やっぱり無いんですね。
>おっ! そう言えば、けがれを清めるというのは、
気枯れ(気が枯れた状態)を、払い清めると聞いたことがあります。
そういうことなら、不思議と清々しい感じがするのは合点がいきますね。
仏教の話でこんな話を聞いたことがあります。
ある時、仏陀が一番出来の悪い弟子に「塵を払い、埃を払い」と唱えながら毎日庭の掃除をすることを命じたら、結局、その弟子が一番仏陀の教えを悟ることになったと。
ある日、これは、「知・理」を払い、「誇り」を払いということなんじゃないかと思った時にふと目の前が開けたような感覚になったことを覚えています。
新約聖書の中にも、人の目のゴミを指摘する前に、自分の曇った目をきれいにしなさいということが書いた一説が出てきます。
これって、みんな「先入観」のことを言ってるんだと思っています。
僕は、神道の施設の中では、伊勢神宮が一番好きです。
あの静寂な空気は本当に心を落ち着かせる力があると思います。おみくじが売ってないのも好きな理由の一つです。
江戸時代には、全国から人がやってきていた訳ですから、わざわざ、一生に一度やってきたのに「凶」なんてひいてたら気の毒だとう配慮だったのではと勝手に思っています。
これは メッセージ 37322 (run_run72 さん)への返信です.
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