金日成=金成柱 金日成≠金成柱
投稿者: run_run72 投稿日時: 2006/08/19 17:16 投稿番号: [36142 / 230347]
金日成=金成柱 説を唱える和田春樹によれば、
「北朝鮮を真剣に解読するには、まず「金日成にせ者」説を棄てねばならない。」
??????
ま、北朝鮮は金父子の抗日の英雄神話によって成り立っていることは事実ですが。
以下、引用が長くなります。
http://www.iwanami.co.jp/shiso/0912/kotoba.html
思想 2000年 第6号
北朝鮮を読み解くには――満州の金日成を例として 和田春樹
北朝鮮が金日成の満州抗日遊撃戦争を国家神話の基礎としてきたことはよく知られている。これに対して、韓国や日本では、「金日成にせ者」説、金日成複数説などの反神話が押し出されてきた。英雄金日成の名をかたった小人物がソ連によって押し出され、国家指導者になったものとして、平壤の金日成を見る見方である。韓国で李命英氏がこの見方を資料を探して磨き上げたのは一九七〇年代のことである。その議論が日本にも入った。そして日本では、いまだにそれが生きているようだ。最近北朝鮮について盛んに書いている萩原遼氏はくりかえしその議論を持ち出しているし、『大航海』誌の編集長三浦雅士氏も、「北朝鮮とは何か」という対談の中で、「金日成が抗日パルチザンだったという説ですが、あれは本当なんですか」ときく岸田秀氏に「あれは嘘だったという説がありますね。当時はモスクワにいたという話があります」と答えるありさまである。
「金日成にせ者」説、金日成複数説は今日の研究水準からすれば、完全に否定された議論である。中国の改革開放以後、東北の抗日戦争の研究、資料の発掘が進み、その中で金日成が中国共産党員として、中共の指導する東北抗日聯軍の指導者の一人として実在したことが次第に明らかになってきた。一九八八年に中共は金日成の名をそのまま書いて、歴史を叙述することを許すにいたった。私が本誌の八五年七,八月号に「金日成と満州の抗日武装闘争」という論文を発表したのは、その時点までの中国の研究と資料を使ったものであった。韓国が民主化されると、この論文は八八年に翻訳され、紹介された。韓国の若い研究者も同じ手法で研究をはじめた。中国での研究、資料の発掘のさらなる進展に立って、私は九二年に著書『金日成と満州抗日戦争』(平凡社)を刊行し、これはその年のうちに韓国で翻訳出版された。ほぼこの時点で、「金日成にせ者」説、金日成複数説は韓国では克服されたといえよう。実は、中国では、八八年から九二年にかけて、東北抗日戦争に関する資料集を内部出版の形で、六八冊も刊行していた。その資料集を細かく読み、未公開の回想も利用して、歴史を再構成した新しい研究が辛珠柏氏の著書『満州地域韓人の民族運動史(一九二〇―四五)』(一九九九年)である。この本のあとでは、誰一人「金日成にせ者」説は口にすることもできないはずである。
金日成が英雄の名をかたる人物だとみることは、北朝鮮という国が最初からお粗末なソ連の衛星国にすぎない、だから、ソ連の援助が切れれば、すぐにつぶれるだろうという見方に通じる。北朝鮮を真剣に解読するには、まず「金日成にせ者」説を棄てねばならない。
一方、こんな本も出版されています。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-ISBN=4048310070
作られた英雄・金日成―秘録・朝鮮民主主義人民共和国
ISBN:4048310070
264p 19cm(B6)
角川書店 (1992-08-10出版)
・韓国中央日報社特別取材班【編】・朴 英秀【訳】
[B6 判] NDC分類:221.07 販売価:?1,835(税込) (本体価:?1,748)
“抗日闘争の伝説的闘士”金日成は、実際には対日解放戦には参加していなかった。
そしてソ連極東軍の丹精こめられた“作品”金日成は、次第にライバルを蹴落とし、自らの権力を固めていく。
劇的な新証言と綿密な取材にもとづいて、「金日成神話」の真実をあばきだす衝撃の記録。
第1章 金日成の権力への地盤固め
第2章 延安派をめぐる動き
第3章 信託統治と朴憲永の失墜
第4章 朴憲永―金日成秘密会談
第5章 ソ連の金日成選択と金日成暗殺未遂事件
この紹介文によると、金日成は、対日解放戦には参加していなかった、
ということですね。
前掲の和田氏の文章の中にもあるように、
金日成≠金成柱どころか、
金日成 抗日パルチザンですらなかった説も,根強くあるみたいですね。
「北朝鮮を真剣に解読するには、まず「金日成にせ者」説を棄てねばならない。」
??????
ま、北朝鮮は金父子の抗日の英雄神話によって成り立っていることは事実ですが。
以下、引用が長くなります。
http://www.iwanami.co.jp/shiso/0912/kotoba.html
思想 2000年 第6号
北朝鮮を読み解くには――満州の金日成を例として 和田春樹
北朝鮮が金日成の満州抗日遊撃戦争を国家神話の基礎としてきたことはよく知られている。これに対して、韓国や日本では、「金日成にせ者」説、金日成複数説などの反神話が押し出されてきた。英雄金日成の名をかたった小人物がソ連によって押し出され、国家指導者になったものとして、平壤の金日成を見る見方である。韓国で李命英氏がこの見方を資料を探して磨き上げたのは一九七〇年代のことである。その議論が日本にも入った。そして日本では、いまだにそれが生きているようだ。最近北朝鮮について盛んに書いている萩原遼氏はくりかえしその議論を持ち出しているし、『大航海』誌の編集長三浦雅士氏も、「北朝鮮とは何か」という対談の中で、「金日成が抗日パルチザンだったという説ですが、あれは本当なんですか」ときく岸田秀氏に「あれは嘘だったという説がありますね。当時はモスクワにいたという話があります」と答えるありさまである。
「金日成にせ者」説、金日成複数説は今日の研究水準からすれば、完全に否定された議論である。中国の改革開放以後、東北の抗日戦争の研究、資料の発掘が進み、その中で金日成が中国共産党員として、中共の指導する東北抗日聯軍の指導者の一人として実在したことが次第に明らかになってきた。一九八八年に中共は金日成の名をそのまま書いて、歴史を叙述することを許すにいたった。私が本誌の八五年七,八月号に「金日成と満州の抗日武装闘争」という論文を発表したのは、その時点までの中国の研究と資料を使ったものであった。韓国が民主化されると、この論文は八八年に翻訳され、紹介された。韓国の若い研究者も同じ手法で研究をはじめた。中国での研究、資料の発掘のさらなる進展に立って、私は九二年に著書『金日成と満州抗日戦争』(平凡社)を刊行し、これはその年のうちに韓国で翻訳出版された。ほぼこの時点で、「金日成にせ者」説、金日成複数説は韓国では克服されたといえよう。実は、中国では、八八年から九二年にかけて、東北抗日戦争に関する資料集を内部出版の形で、六八冊も刊行していた。その資料集を細かく読み、未公開の回想も利用して、歴史を再構成した新しい研究が辛珠柏氏の著書『満州地域韓人の民族運動史(一九二〇―四五)』(一九九九年)である。この本のあとでは、誰一人「金日成にせ者」説は口にすることもできないはずである。
金日成が英雄の名をかたる人物だとみることは、北朝鮮という国が最初からお粗末なソ連の衛星国にすぎない、だから、ソ連の援助が切れれば、すぐにつぶれるだろうという見方に通じる。北朝鮮を真剣に解読するには、まず「金日成にせ者」説を棄てねばならない。
一方、こんな本も出版されています。
http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?W-ISBN=4048310070
作られた英雄・金日成―秘録・朝鮮民主主義人民共和国
ISBN:4048310070
264p 19cm(B6)
角川書店 (1992-08-10出版)
・韓国中央日報社特別取材班【編】・朴 英秀【訳】
[B6 判] NDC分類:221.07 販売価:?1,835(税込) (本体価:?1,748)
“抗日闘争の伝説的闘士”金日成は、実際には対日解放戦には参加していなかった。
そしてソ連極東軍の丹精こめられた“作品”金日成は、次第にライバルを蹴落とし、自らの権力を固めていく。
劇的な新証言と綿密な取材にもとづいて、「金日成神話」の真実をあばきだす衝撃の記録。
第1章 金日成の権力への地盤固め
第2章 延安派をめぐる動き
第3章 信託統治と朴憲永の失墜
第4章 朴憲永―金日成秘密会談
第5章 ソ連の金日成選択と金日成暗殺未遂事件
この紹介文によると、金日成は、対日解放戦には参加していなかった、
ということですね。
前掲の和田氏の文章の中にもあるように、
金日成≠金成柱どころか、
金日成 抗日パルチザンですらなかった説も,根強くあるみたいですね。
これは メッセージ 36138 (run_run72 さん)への返信です.
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