差別教育とは、 (トピづれ)
投稿者: nishina3777 投稿日時: 2003/08/16 01:47 投稿番号: [3598 / 230347]
差別教育とは「被差別者」という名の特権集団を維持するために不可欠な資源=「差別」を再生産するためにあるのでしょう。
つまり、差別をなくすためではなく、「差別」を必要とする集団のために「差別」を無理矢理創り出すのが同和教育なのです。
京都市(1997年資料)では同和地区では
小学校入学時 57000円
小学就学奨励費 毎年 28000円の学用品
中学校入学時 61000円
中学就学奨励費 毎年 38200円の学用品
高校入学時 最高 200000円
高校奨学金 毎月最高 80000円
進学支度金 59000円
就職支度金 107000円
大学入学 最高 350000円
大学奨学金 毎月最高 80000円
大学通学用品 36000円
予備校、各種専門学校 毎年最高 1000000円以上
運転免許取得費用 全額
これらの特権が、当人が(経済的、社会的事情で)本当に必要としているか否かに関係なく支給されます。留年しようが、落ちようが無条件でただ「同和地区」に住んでいるから手に入る公金です。
他にも保育料、家賃、駐車場など数え上げたらきりがないほどです。
この特権を維持するための「葵の印籠」、それが「差別」です。
実際に厳しい差別が存在しているならば教育するまでもなく、皆、被差別部落について知っているはずですが、現在、多くの人たちは被差別部落について知りません。これは事実上、差別がなくなりつつあることを示しています。
しかし、それでは困る人たちがいます。彼らにとって「同和教育」はとても重要な手段となります。
現在、部落民差別が急速に解消されつつある日本では、部落民差別をしたり、見たり、聞いたりすることがほとんどありません。同時に被差別部落民なるものについてもよく知りません。ただ、なんとはなしに「差別に苦しめられていた被差別部落民」といった(創られた)イメージだけがひとり歩きしています。そこに特権集団のつけいる隙があります。
はたしてこのイメージは正しいのでしょうか?
現実は「否」です。
現在の同和問題については巷に多くの関連書があるのでここでは述べません。
部落の歴史について少し論じます。
よく江戸時代の身分制度を士農工商エタ非人などと申しますが、意外かもしれませんが江戸期を通じ幕府はこのエタ非人身分制度の法令を出したことは一度もありませんし、この呼び方は誤解を招く不正確なものです。
近代国民国家の視点から、この江戸期の身分制度を単純な上下の支配体制のごとく見るのは大きな過ちです。
日本だけでなく、19世紀まで多くの国では、出生地、職能などにより身分団体=社会に属して生きていました。各々は均一の「日本人」としての意識はなく、数千、数万の身分団体の一員として各身分団体の持つ特権を享受し、その自治社会=身分の秩序、規範に従って生きていました。
武士身分と呼ばれる中にも例えば中津藩士1500人は100以上の身分に細分化されていました。(福沢諭吉による。)
いわゆる賤民、被差別部落民と呼ばれる人たちも「最下層の虐げられた単一階級」ではなく、多彩な様相を持った身分団体=自治社会でした。
例えば、もともと武士の多くは殺人・戦闘を生業にする賤業身分とされていましたし、有名な瀬戸内村上水軍の兵の大半は当時の賤民身分に該当します。咸臨丸でアメリカに渡った日本人乗組員の2/3は当時で言う賤民身分出身でした。
歌舞伎役者ももともと賤民でしたし、他に鋳物師身分、漁師身分、医師身分など特殊技能集団はだいたい賤民身分です。
賤民身分でも富裕なもの、例えば江戸非人の元締め 弾左右衛門(苗字帯刀)などの生活は3000石の直参旗本と同レベルであり、地方でも大地主の被差別部落民が多くいます。
以上のように賤民発生は遠く中世初期にまでさかのぼれますが、決して、近代的差別を受け、蔑まれ虐げられていたわけでもなく、貧困にあえいでいたわけでもありません。
被差別部落民に対する差別意識が生じたのは「国民」意識の生まれた江戸末期から明治にかけてであり、部落の貧困化は身分制社会崩壊により各種保護、特権の喪失、排他的職業(運送業、警備業、器械製造業など)に対する旧他身分出身者の参入、急激な資本主義化による経済基盤の喪失などによって明治近頃から顕著になっています。
現在の「差別の構造」とは創り出された幻想なのです。
つまり、差別をなくすためではなく、「差別」を必要とする集団のために「差別」を無理矢理創り出すのが同和教育なのです。
京都市(1997年資料)では同和地区では
小学校入学時 57000円
小学就学奨励費 毎年 28000円の学用品
中学校入学時 61000円
中学就学奨励費 毎年 38200円の学用品
高校入学時 最高 200000円
高校奨学金 毎月最高 80000円
進学支度金 59000円
就職支度金 107000円
大学入学 最高 350000円
大学奨学金 毎月最高 80000円
大学通学用品 36000円
予備校、各種専門学校 毎年最高 1000000円以上
運転免許取得費用 全額
これらの特権が、当人が(経済的、社会的事情で)本当に必要としているか否かに関係なく支給されます。留年しようが、落ちようが無条件でただ「同和地区」に住んでいるから手に入る公金です。
他にも保育料、家賃、駐車場など数え上げたらきりがないほどです。
この特権を維持するための「葵の印籠」、それが「差別」です。
実際に厳しい差別が存在しているならば教育するまでもなく、皆、被差別部落について知っているはずですが、現在、多くの人たちは被差別部落について知りません。これは事実上、差別がなくなりつつあることを示しています。
しかし、それでは困る人たちがいます。彼らにとって「同和教育」はとても重要な手段となります。
現在、部落民差別が急速に解消されつつある日本では、部落民差別をしたり、見たり、聞いたりすることがほとんどありません。同時に被差別部落民なるものについてもよく知りません。ただ、なんとはなしに「差別に苦しめられていた被差別部落民」といった(創られた)イメージだけがひとり歩きしています。そこに特権集団のつけいる隙があります。
はたしてこのイメージは正しいのでしょうか?
現実は「否」です。
現在の同和問題については巷に多くの関連書があるのでここでは述べません。
部落の歴史について少し論じます。
よく江戸時代の身分制度を士農工商エタ非人などと申しますが、意外かもしれませんが江戸期を通じ幕府はこのエタ非人身分制度の法令を出したことは一度もありませんし、この呼び方は誤解を招く不正確なものです。
近代国民国家の視点から、この江戸期の身分制度を単純な上下の支配体制のごとく見るのは大きな過ちです。
日本だけでなく、19世紀まで多くの国では、出生地、職能などにより身分団体=社会に属して生きていました。各々は均一の「日本人」としての意識はなく、数千、数万の身分団体の一員として各身分団体の持つ特権を享受し、その自治社会=身分の秩序、規範に従って生きていました。
武士身分と呼ばれる中にも例えば中津藩士1500人は100以上の身分に細分化されていました。(福沢諭吉による。)
いわゆる賤民、被差別部落民と呼ばれる人たちも「最下層の虐げられた単一階級」ではなく、多彩な様相を持った身分団体=自治社会でした。
例えば、もともと武士の多くは殺人・戦闘を生業にする賤業身分とされていましたし、有名な瀬戸内村上水軍の兵の大半は当時の賤民身分に該当します。咸臨丸でアメリカに渡った日本人乗組員の2/3は当時で言う賤民身分出身でした。
歌舞伎役者ももともと賤民でしたし、他に鋳物師身分、漁師身分、医師身分など特殊技能集団はだいたい賤民身分です。
賤民身分でも富裕なもの、例えば江戸非人の元締め 弾左右衛門(苗字帯刀)などの生活は3000石の直参旗本と同レベルであり、地方でも大地主の被差別部落民が多くいます。
以上のように賤民発生は遠く中世初期にまでさかのぼれますが、決して、近代的差別を受け、蔑まれ虐げられていたわけでもなく、貧困にあえいでいたわけでもありません。
被差別部落民に対する差別意識が生じたのは「国民」意識の生まれた江戸末期から明治にかけてであり、部落の貧困化は身分制社会崩壊により各種保護、特権の喪失、排他的職業(運送業、警備業、器械製造業など)に対する旧他身分出身者の参入、急激な資本主義化による経済基盤の喪失などによって明治近頃から顕著になっています。
現在の「差別の構造」とは創り出された幻想なのです。
これは メッセージ 3593 (narurin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/3598.html