>narurin さん
投稿者: myahuutaroumyahuutaroumyahuumya 投稿日時: 2006/08/12 23:05 投稿番号: [35362 / 230347]
>タイトルは、あなたのHNが長く、入りきらないので、省略させたいただき、失礼しました。
いえいえ。
今は少なくなりましたね、ヤフウ太郎。
昔はいっぱいいたんですよ。
>現実的には、そうならないのは何故でしょうか?
人は、危機感を刺激されたり、煽られたりすると揺らぎやすく、簡単にダマされるからです。
>国という形態を取る以上、政治的な目的で動く単位ですから、隣に他の国があると、
>いざこざを避けて通るのは困難です。
この答えは、日本に限らず「国」という単位が特別であるかのように、ダマされて
いる人が多いからです。
現在、市と市、県と県は戦争をしません。
国と国はそういう関係にならなれないのは、なぜか?
多くの人がダマされているからです。
そして多数派がダマされている現在、急激にそれを変えるのは難しいです。
でも少しずつでも、その呪縛を解いていく必要は、あります。
>「戦争なんてやんねーよ」となり、戦争を回避できるなどとは、とても、考えにくいと思います。
できます。
みんながそうなれば、ね。
だって、戦う人がいなけりゃ、戦争にならないでしょ?
>その国家に守られて、こう言うところに書き込める自由があるのだと思います。
行政とは、そういうものです。
すごく大雑把な言い方だけど。
「私があなたを守っている『国』です」なんていう『国』なんて、実態としてど
こにもいません。
守っているのは人であり、自分も他の人を守っています。
その相互扶助が姿です。
自分も『国』でありあなたも『国』である。
その『国』が、誰かの思惑で(必ず、『誰か』です)で、自分や、自分の大切な
人の「命を差し出せ」と言ったら『国』の意味がありません。
でも、まるで厳然とした『国』がどこかに存在するようなペテンに掛けている
誰か(もちろん複数でしょうが)がいます。
>今だから言えることですよ。
だから、どんな時でもそう言える、理知や強さを持ちたい、と言っているのです。
鍛えておこう、そんな時でもダマされないよに。
「国のため」とか言われて、殺されるのは、ヤ。
殺すのは、もっとヤ。
これは メッセージ 35259 (narurin さん)への返信です.
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