Re: 横から口出し大恥掻く大穴ルンルン(猛
投稿者: run_run72 投稿日時: 2012/05/29 22:41 投稿番号: [214933 / 230347]
>日本語とは結びつかない。即ち、日本人ではないと言っている。(猛爆)
日本語とは結びつかないと朴は主張する。
即ち、日本人ではないのだ。
根拠はないし、証明もしないが(by 猛バカ)
ですね。
>>なら、雲南省から出た「愼王之印」は、刻印の文字まで、
>>文献に載ってるのかね?
>既出。過去レスROMしろ。(猛爆)
ああ、これね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel&sid=1143582&mid=214403
>当時、漢皇帝から下賜された金印は、雲南省晋寧県で出土した「テン(サンズイに眞)王之印」
http://abc0120.net/words/images/abc2007042507.jpg
史記・西南夷列伝:元封2年(紀元前109年)「賜テン(サンズイに眞)王王印」や、
扶余王に下賜された「ワイ(サンズイに歳)王之印」
『後漢書』扶余伝 永寧元年(120年)乃遣嗣子尉仇台〔詣〕闕貢獻、天子賜尉仇台印綬金綵。
『三国志魏書』扶余伝「其印文言《ワイ(サンズイに歳)王之印》,國有故城名ワイ(サンズイに歳)城,蓋本ワイ(サンズイに歳)貊之地」
↑
のように、冊封国王が皇帝に謁見して賜るもので、史書とも文言が一致する「部族名の王印」になっているものなのさ。(猛爆)
意地悪な言い方をすれば、
史書で下賜したといってるのは、「愼王王印」であって、
刻まれた文字は、「愼王之印」だな。
なら、偽者か?(笑)
>後漢書東夷伝には「建武中元二年(57年)倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」と書かれているだけで「部族名の王印」かどうかは不明だし、お使いに国王印を下賜した事例も無い。
これ、アジアンさんに指摘されてたけど、
自分がここでペーストしてる文献に、嗣子(つまり跡継ぎ)に与えたって
書いてあるやん。
で、東夷伝の問題の箇所には、
建武中元二年,倭奴國奉貢朝賀,使人自稱大夫,倭國之極南界也。光武賜以印綬。
とあって、倭の奴の國から朝賀に来た。使者は自ら称して大夫といった。倭国の一番南にある(位置)。
光武帝は印を与えたって、書いてあるよね。
王が来たなら王が来たと書くだろう。書いていない以上、王は来ていない。
それにもかかわらず、光武帝は印綬を下賜してる。
トピちゃんのいうように、王じゃないものに印綬は与えないだろう。
印綬は倭の奴の王に下賜された。
でも渡した相手は使者。
王が来てないから。
で、持ち帰らせた。
それだけのことでしょ(笑)
使者は王じゃないから印綬が与えられないっていうなら、
この箇所の記載自体を否定してるやん(爆笑)
東夷伝に上のように書いてあるけど、それはなかったんだ。
だって、王以外に印綬を与えた例はないからって。
アンタ、史書の記載も都合が悪けりゃ否定するのかね(笑)
日本語とは結びつかないと朴は主張する。
即ち、日本人ではないのだ。
根拠はないし、証明もしないが(by 猛バカ)
ですね。
>>なら、雲南省から出た「愼王之印」は、刻印の文字まで、
>>文献に載ってるのかね?
>既出。過去レスROMしろ。(猛爆)
ああ、これね。
http://messages.yahoo.co.jp/bbs?action=m&board=1143582&tid=ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel&sid=1143582&mid=214403
>当時、漢皇帝から下賜された金印は、雲南省晋寧県で出土した「テン(サンズイに眞)王之印」
http://abc0120.net/words/images/abc2007042507.jpg
史記・西南夷列伝:元封2年(紀元前109年)「賜テン(サンズイに眞)王王印」や、
扶余王に下賜された「ワイ(サンズイに歳)王之印」
『後漢書』扶余伝 永寧元年(120年)乃遣嗣子尉仇台〔詣〕闕貢獻、天子賜尉仇台印綬金綵。
『三国志魏書』扶余伝「其印文言《ワイ(サンズイに歳)王之印》,國有故城名ワイ(サンズイに歳)城,蓋本ワイ(サンズイに歳)貊之地」
↑
のように、冊封国王が皇帝に謁見して賜るもので、史書とも文言が一致する「部族名の王印」になっているものなのさ。(猛爆)
意地悪な言い方をすれば、
史書で下賜したといってるのは、「愼王王印」であって、
刻まれた文字は、「愼王之印」だな。
なら、偽者か?(笑)
>後漢書東夷伝には「建武中元二年(57年)倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」と書かれているだけで「部族名の王印」かどうかは不明だし、お使いに国王印を下賜した事例も無い。
これ、アジアンさんに指摘されてたけど、
自分がここでペーストしてる文献に、嗣子(つまり跡継ぎ)に与えたって
書いてあるやん。
で、東夷伝の問題の箇所には、
建武中元二年,倭奴國奉貢朝賀,使人自稱大夫,倭國之極南界也。光武賜以印綬。
とあって、倭の奴の國から朝賀に来た。使者は自ら称して大夫といった。倭国の一番南にある(位置)。
光武帝は印を与えたって、書いてあるよね。
王が来たなら王が来たと書くだろう。書いていない以上、王は来ていない。
それにもかかわらず、光武帝は印綬を下賜してる。
トピちゃんのいうように、王じゃないものに印綬は与えないだろう。
印綬は倭の奴の王に下賜された。
でも渡した相手は使者。
王が来てないから。
で、持ち帰らせた。
それだけのことでしょ(笑)
使者は王じゃないから印綬が与えられないっていうなら、
この箇所の記載自体を否定してるやん(爆笑)
東夷伝に上のように書いてあるけど、それはなかったんだ。
だって、王以外に印綬を与えた例はないからって。
アンタ、史書の記載も都合が悪けりゃ否定するのかね(笑)
これは メッセージ 214921 (topics_jk さん)への返信です.
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