Re: 横から口出し大恥・大穴ルンルン(猛爆
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2012/05/19 12:27 投稿番号: [213937 / 230347]
よう、暗愚。
懲りずに、また史料の馬鹿解釈した妄想を書き込んでるのかよw
先ず、「右京人正六位上栗原勝子公言」を「栗原勝子(が)公言す」って書いてるが、ありゃ、栗原勝子ではなく、栗原勝子公(クリハラノスグリコキリ)までが人名だってのw
それに、お前が出した続日本紀の部分は、
右京の人栗原勝子公の言。子公(コキリ)等の先祖伊賀都臣は、中臣氏の遠祖である天御中主命20世の孫である意美佐夜麻の子なり。伊賀郡臣は神功皇后の御世に百済に使いして、かの地の女を娶りて二男を生む。名を本大臣、小大臣という。本系を遙かに尋ね聖朝に帰した際、美濃国不破郡栗原の地を賜り居住し、栗原勝の姓を負った。伏して乞う。中臣栗原連の姓を賜ることを。こうして子公等の男女十八人は中臣栗原連の姓を賜った。
で、要は
自分(栗原勝子公)の先祖の(中臣)伊賀都臣は中臣氏の遠祖の意美佐夜麻の子で、伊賀都臣が百済の女と作った子である本大臣と小大臣の子孫が、帰朝した際に賜った美濃の不破郡栗原の地に住んだから栗原勝の姓を得たって経緯があるから、中臣栗原連の姓が欲しいってお願いしたら許可して貰えたよ。
って話。
伊賀都臣が百済へ使者に行った際に出来た子の子孫が中臣栗原連の姓を賜ったって話しなのに、どうやったら中臣氏が渡来人なんて解釈が出来るんだよw
つ〜か、続日本紀の馬鹿解釈の元ってこれだろw
1世20年て解釈も一緒だし。
http://beaverland.web.fc2.com/oldhist/nakatomi.htmlつ〜か、元が妄想で勝ち目がないから藁にもすがろうって事だとしても、こんなトンでもサイト参考にするって、もう少しマシなの無かったのかよw
そもそも、中臣伊賀都臣に関する記述で言うなら、神功皇后が三韓征伐やってたりと、日本が朝鮮半島を征伐出来るだけの国力を3世紀頃には持ってたって事を示す記述がいくらでも出てくるんだがそれは良いのかw
ほんと、何時もながらよくもまあこれだけ馬鹿を晒せるもんだ。
これは メッセージ 213930 (topics_jk さん)への返信です.
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