横から口出し大恥・大穴ルンルン(猛爆)
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2012/05/19 08:36 投稿番号: [213930 / 230347]
>藤原鎌足の足をタリと読むのだから藤原の鎌足が渡来人。
『続日本紀』光仁天皇天応元年(781)7月
右京人正六位上栗原勝子公言。子公等之先祖伊賀都臣。是中臣遠祖天御中主命廿世之孫。意美佐夜麻之子也。伊賀郡臣。神功皇后御世。使於百済。便娶彼土女。生二男。名曰本大臣。小大臣。遥尋本系。帰於聖朝。時賜美濃国不破郡栗原地。以居焉。厥後因居命氏。遂負栗原勝姓。伏乞。蒙賜中臣栗原連。於是子公等男女十八人依請改賜之。
「右京の人正六位上栗原勝子公言す。子等が先祖伊賀都臣は、是中臣の遠祖、天御中主命20世の孫,意美佐夜麻の子なり。伊賀都臣、神功皇后の御世に、百済に使いして、彼の土の女を娶りて,二男を生み、名づけて本大臣、小大臣といふ。はるかに本系を尋ねて聖朝に帰す。時に美濃国不破郡栗原の地を賜ひて以て居らしむ。その後、居に因って、氏を命じて、遂に栗原勝の姓を負へり。伏して乞らくは、中臣栗原連を蒙り賜はむと。是に於いて子公等男女十八人請に依って、改めて之を賜ふ」
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中臣の遠祖、天御中主命20世(1世20年で400年後)の子孫が、百済から本系を訪ねて日本に渡来し、賜姓の中臣栗原連を名乗った。と、日本正史に書かれている。(猛爆)
これは メッセージ 213923 (run*run*2 さん)への返信です.
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