世界中か知っている併合前の朝鮮
投稿者: nyankotyanndamon 投稿日時: 2012/05/13 15:33 投稿番号: [213511 / 230347]
韓国誌
573−574頁
「貴顕紳士の家にありては通常瓦葺きの門ありて廣き邸宅の入り口をなし、門に対して主屋あり。主屋は南に向きて……。家屋の高さは人の身長よりやや高きのみにして……」
「平民の家は前に記すものと著しく相違し、憫なる小屋にして、粘土よりなり、低矮なるが故に注意せざれば頭天井に触撃せらるべし。家の広さは最も大なるもの約4坪余りにして、3坪を超えざる物甚だ多く、外面の高さは僅かに4尺7寸とす。
マッケンジー
29−30頁、32頁
(開国後)「最初の数年間、朝鮮に入国した外国人の大多数が見たのは、開港地である釜山、済物浦及び首都だけに局限されていた。これらの場所で彼らは朝鮮の最も悪い面を見た。特にソウルには貴族や宮廷に寄生する食客の大群がおり、彼らは怠惰で不潔であり、農村地方では見られないような下劣さを感じさせるのであった。」
「当時の朝鮮人の生活を鮮やかに描くには、朝鮮民衆の陰影とミステリーを強烈に誇張して描かなくては不可能である。ソウルそれ自体については、どれをとってもそれがあまりに悪いとは言えないというくらいの状態であるが、一方地方の民衆に関する限りでは、その大部分が繁栄と潤沢の生計を維持していると言って大過ないであろう。……この国では乞食は殆どおらず、いてもほんの僅かであった。ここでは……貧民救済制度はその必要がない。」
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/213511.html