蔚珍縣
投稿者: qq_missile2 投稿日時: 2010/11/11 17:14 投稿番号: [179526 / 230347]
そもそも竹島帰属問題を論じるにあたって、 『世宗實録 地理志』を用いることは妥当なんだろうか。
「蔚珍縣」の項には、次のことも記載されている。
【南距平海三十七里, 北距三陟三十二里。】
蔚珍から平海へは南に37里、蔚珍から北へ行けば32里で三陟という距離を示している。
三陟は現在の三陟市であり、蔚珍は蔚珍郡である。
平海は蔚珍郡に属するが、現在の蔚珍郡はかつての蔚珍郡と平海郡が合併して誕生したものである。
現在の蔚珍郡は北側の蔚珍邑と南側の平海邑からなる。
ところで、蔚珍−平海・蔚珍−三陟の距離を測ってみると奇妙なことが判明する。
地図上で計測した距離と「蔚珍縣」の項に記載されている距離を併記すると次の通りである。
蔚珍−平海 … 34km,37里
蔚珍−三陟 … 62km,32里
距離の比があまりにも違い過ぎるのである。
当然、各地のどこを基点とするかによって誤差は生じる。
今回は、蔚珍=蔚珍郡庁、平海=平海邑事務所、三陟=三陟市庁として、3つの街を結ぶ国道7号線にできるだけ沿うように測定した。
もちろん精密さに欠けていることは否めない。
しかし、この距離比のズレはどうしたことだろうか。
『世宗實録 地理志』そのものの信憑性に疑問を持ってしまうのである。
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