Re: 江戸時代と李朝時代は雲泥の差
投稿者: run_run72 投稿日時: 2010/10/31 22:09 投稿番号: [178996 / 230347]
>日本は返済に困れば「徳政令」で踏み倒すからな。(猛爆)
これは、御家人を救うといった一定の目的のあるものでな、
朝鮮のように、個々の両班が好き勝手に切り取り放題と言うのとは違う。
>さらに、
◆武家相手の金融業
江戸時代当初は商人にとって、年貢収入という定期的に決まった収入が入る武家は社会的信用も高くリスクが少ない取引相手であった。しかし、江戸中期以降は財政難の家からの踏み倒しが増えて倒産するなど苦しんだ。
踏み倒される方はたまったもんじゃないが、
しかし、殿様ですら及ばぬような富を蓄えた庶民(一応、身分的には)とかそういうのが出てきたのが江戸時代だろ。
「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」
とさえ歌われた大地主が出現してたりしてる。
『大両班は金がなくなると、使いの者をおくって商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両班の家の連行されて投獄され、食物も与えられず、両班が要求する額を支払うまで笞打たれる。両班のなかで最も正直な人たちも、大かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつて無いからである。彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、1人もいない。』
朝鮮事情 192ページ ダレ(金容権訳)
このあと、もっとエゲツない両班の暴虐がでてくるんだが、めんどくさいから、写しはしない。江戸時代は、武士がたいした理由もなく、庶民を傷つけることなどできないんだよ。盗みももってのほかだね。
江戸時代は武士と言えども、好き勝手はできないんだよ。アンタの朝鮮と違って。
前にも言ったが、ワタシのルーツは四国にある。
ご一新のときの身分は平民。だが家はデカイ、と書いたね。
武家の親類の家の方のかえって小さい、と。
当たり前のことなんだが、(朝鮮ではないので)武士と言えども、略奪は許されとらん。
ワタシの生家には、江戸時代のご先祖様が描いた(書いた)書画のたぐいが残ってるよ。
素人の書いたものでも表装していれば(ペラ一枚の紙であっても額装と言う手もあるな)、時代色がついてそれなりのものに見える。というわけで、使ってるよ(笑)。
江戸の庶民が、算数を楽しんだ算額っていうのもここで話題になってたね。
算数塾すらあったらしい。
すでに、日本全国津々浦々の庶民がカネにもならない趣味や、
知的興味に走って金を使う走る余裕のある社会だったんだよ。
李氏朝鮮がそうした世の中を作らなかったことは確かだね。
江戸時代と李朝時代が雲泥の差、とタイトルどおりなんだよ。
経済の規模も社会の懐の深さが違いすぎる。
世界初の先物取引も、18世紀前半、大阪堂島米会所でだよね。
相場をいち早く知らせるための旗振り(手旗による通信)で、ビックリするほど、早く情報が伝わってる。
つまり、情報を必要とする人が広範囲にいて、
その当時の技術的制約の中で
可能な限り、それを実現できる社会だったんだ。
これは、御家人を救うといった一定の目的のあるものでな、
朝鮮のように、個々の両班が好き勝手に切り取り放題と言うのとは違う。
>さらに、
◆武家相手の金融業
江戸時代当初は商人にとって、年貢収入という定期的に決まった収入が入る武家は社会的信用も高くリスクが少ない取引相手であった。しかし、江戸中期以降は財政難の家からの踏み倒しが増えて倒産するなど苦しんだ。
踏み倒される方はたまったもんじゃないが、
しかし、殿様ですら及ばぬような富を蓄えた庶民(一応、身分的には)とかそういうのが出てきたのが江戸時代だろ。
「本間様には及びもないが せめてなりたや殿様に」
とさえ歌われた大地主が出現してたりしてる。
『大両班は金がなくなると、使いの者をおくって商人や農民を捕らえさせる。
その者が手際よく金を出せば釈放されるが、出さない場合は、両班の家の連行されて投獄され、食物も与えられず、両班が要求する額を支払うまで笞打たれる。両班のなかで最も正直な人たちも、大かれ少なかれ自発的な借用の形で自分の窃盗行為を偽装するが、それに欺かれる者は誰もいない。なぜなら、両班たちが借用したものを返済したためしが、いまだかつて無いからである。彼らが農民から田畑や家を買うときは、ほとんどの場合、支払無しで済ませてしまう。しかも、この強盗行為を阻止できる守令は、1人もいない。』
朝鮮事情 192ページ ダレ(金容権訳)
このあと、もっとエゲツない両班の暴虐がでてくるんだが、めんどくさいから、写しはしない。江戸時代は、武士がたいした理由もなく、庶民を傷つけることなどできないんだよ。盗みももってのほかだね。
江戸時代は武士と言えども、好き勝手はできないんだよ。アンタの朝鮮と違って。
前にも言ったが、ワタシのルーツは四国にある。
ご一新のときの身分は平民。だが家はデカイ、と書いたね。
武家の親類の家の方のかえって小さい、と。
当たり前のことなんだが、(朝鮮ではないので)武士と言えども、略奪は許されとらん。
ワタシの生家には、江戸時代のご先祖様が描いた(書いた)書画のたぐいが残ってるよ。
素人の書いたものでも表装していれば(ペラ一枚の紙であっても額装と言う手もあるな)、時代色がついてそれなりのものに見える。というわけで、使ってるよ(笑)。
江戸の庶民が、算数を楽しんだ算額っていうのもここで話題になってたね。
算数塾すらあったらしい。
すでに、日本全国津々浦々の庶民がカネにもならない趣味や、
知的興味に走って金を使う走る余裕のある社会だったんだよ。
李氏朝鮮がそうした世の中を作らなかったことは確かだね。
江戸時代と李朝時代が雲泥の差、とタイトルどおりなんだよ。
経済の規模も社会の懐の深さが違いすぎる。
世界初の先物取引も、18世紀前半、大阪堂島米会所でだよね。
相場をいち早く知らせるための旗振り(手旗による通信)で、ビックリするほど、早く情報が伝わってる。
つまり、情報を必要とする人が広範囲にいて、
その当時の技術的制約の中で
可能な限り、それを実現できる社会だったんだ。
これは メッセージ 178638 (topics_jk さん)への返信です.
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