嘘、声闘、トピ屑らしい
投稿者: asianrobo 投稿日時: 2010/09/27 07:54 投稿番号: [176634 / 230347]
よう、暗愚。
ほんと、お前の愚かさには、底って物がないなw
>朝鮮王朝実録は、中国語で訳せない。日本の漢文が中国語で訳せないのと同じ。
漢文=現代中国語ではない。
逆に、文言文の文法に沿って書かれた物であれば、中国だろうが朝鮮だろうが日本だろうが、国に関係なく読む事が出来る。
>「宣じる=伝える」詔だから、後で文書にして渡すよと言う事なのさ。発詔の手前ね。(猛爆)
大辞泉より
せん【宣】
[音]セン(呉)(漢) [訓]のべる のる のたまう
1 広く意向を述べ伝える。「宣言・宣告・宣誓」
2 広く行き渡らせる。「宣教・宣伝・宣揚」
3 天子や神が意向を述べる。「宣旨(せんじ)・宣命(せんみょう)/院宣(いんぜん)・託宣・勅宣」
どの意味でも、お前の馬鹿解釈は成立しないわな。
それ以前に、お前の解釈でも、宣は儀式中に行われないと辻褄が合わないぞw
>壇に座ったのは仁祖、臣下は壇には座れない。(猛爆)
仁祖が壇上に上ったのは、儀式の後の宴で竜骨大に促された後の事で、降伏の儀式の際に壇上にいたのはホンタイジ。
いくら馬鹿解釈しても、原文を引用すれば意味がない事くらい、いい加減学習してもいいと思うがな。
龍胡入報, 出傳汗言曰: “前日之事, 欲言則長矣。 今能勇決而來, 深用喜幸。” 上答曰: “天恩罔極。” 龍胡等引入, 設席於壇下北面, 請上就席, 使芿人臚唱。上行三拜九叩頭禮。 龍胡等引上由陣東門出, 更由東北隅而入, 使坐於壇東。 大君以下, 自江都被執而來, 列立於壇下少西矣。 龍胡以汗言, 請上登壇, 汗南面而坐, 上坐於東北隅西面, 而芿王子三人, 以次連坐, 王世子又坐其下, 竝西面。
時系列・・・儀式前の話なのに、儀式後の宴の話を持ち出す。
位置関係・・・ホンタイジが北、仁祖が南なのに、ホンタイジが北、仁祖が東に座った宴の記述を出して反論。
結論、馬鹿解釈の言い訳に失敗。
>文章の中身は「諮問文=お伺い書。」
で、国対国の外交文書は、国書というのよ。(猛爆)
残念だが、国書でのやりとりなら、書曰と記載される。
以下は、三田渡の儀式前に国書が遣り取りされた際の記述。
其書曰:
屬者小邦宰臣, 奉書軍門, 有所稟請, 回稱, 皇帝將有後命, 小邦君臣, 延頸企踵, 日俟紱音, 今已浹旬, 迄無皀白。 勢窮情迫, 未免再鳴, 惟皇帝垂察焉。
>アホというしかないな。何処からそのような妄想が出て来るんだ?(猛爆)
普通に原文を訳し、論理的に解釈すればそうなると言うだけの話だがな。
まあ、お前がアホとか妄想と言うという事は、解釈が正しいというなによりの証左だわw
>関西地方の道臣が義州府尹の報告によって、礼部の咨文第2通信を上げた。
( ´,_ゝ`)プッ
第二通信ってwww
ほかにも、構文無視して上を上奏と訳したりとか、もう無茶苦茶(苦笑)。
まあ、まともに訳した事なんてほとんど無いけどな。
>中国語と朝鮮語の漢文は違うのよ。(猛爆)
上にも書いたが、文言文であるなら、中国の漢文も朝鮮の漢文も同じ。
そもそも、中国文化圏が形成できたのは、文化圏の中での漢文の文法が塔位置されていた事が大きなファクターであったわけだが、その中でも、朝鮮は中国文化の継承者を自認し、そのまま受け継ぐことを重視していた国な訳だ。
>朝鮮王朝実録は、戦争中に何処かに隠して行方不明になってるからな。後でまとめて書いてるから、日にちのズレが出るのよ。(猛爆)
仁祖実録が、記述後に遺失し、際記述されたという事実があるというならともかく、お前が引用した文では、仁祖実録に記述されている日付と清の日付のズレを正当化などでできんぞ暗愚。
大体、後でまとめて書くから日付がずれると言うなら、朝鮮王朝実録には史料価値など無い、どうしようもない文書と言うことになるわけだがな。
抗弁と言うのも憚られるような馬鹿発言だわw
>アホというしかないな。「禮畢=降伏式が終了した。」という意味。(猛爆)
仁祖が赦されてもいないのに、降伏式は終了したという。
アホと言うしかないなw
大体、お前の主張は中国と朝鮮の漢文は違うと言う物だが、なら「禮畢=儀式の終了」のソースである訓民正音配布の儀式の再現の案内も、朝鮮の解釈だから中国の解釈とは別ってことでソースとはなり得ないわけだがな。
その場凌ぎで声闘するから、自爆する羽目になる。
本当に愚かだな暗愚。
ほんと、お前の愚かさには、底って物がないなw
>朝鮮王朝実録は、中国語で訳せない。日本の漢文が中国語で訳せないのと同じ。
漢文=現代中国語ではない。
逆に、文言文の文法に沿って書かれた物であれば、中国だろうが朝鮮だろうが日本だろうが、国に関係なく読む事が出来る。
>「宣じる=伝える」詔だから、後で文書にして渡すよと言う事なのさ。発詔の手前ね。(猛爆)
大辞泉より
せん【宣】
[音]セン(呉)(漢) [訓]のべる のる のたまう
1 広く意向を述べ伝える。「宣言・宣告・宣誓」
2 広く行き渡らせる。「宣教・宣伝・宣揚」
3 天子や神が意向を述べる。「宣旨(せんじ)・宣命(せんみょう)/院宣(いんぜん)・託宣・勅宣」
どの意味でも、お前の馬鹿解釈は成立しないわな。
それ以前に、お前の解釈でも、宣は儀式中に行われないと辻褄が合わないぞw
>壇に座ったのは仁祖、臣下は壇には座れない。(猛爆)
仁祖が壇上に上ったのは、儀式の後の宴で竜骨大に促された後の事で、降伏の儀式の際に壇上にいたのはホンタイジ。
いくら馬鹿解釈しても、原文を引用すれば意味がない事くらい、いい加減学習してもいいと思うがな。
龍胡入報, 出傳汗言曰: “前日之事, 欲言則長矣。 今能勇決而來, 深用喜幸。” 上答曰: “天恩罔極。” 龍胡等引入, 設席於壇下北面, 請上就席, 使芿人臚唱。上行三拜九叩頭禮。 龍胡等引上由陣東門出, 更由東北隅而入, 使坐於壇東。 大君以下, 自江都被執而來, 列立於壇下少西矣。 龍胡以汗言, 請上登壇, 汗南面而坐, 上坐於東北隅西面, 而芿王子三人, 以次連坐, 王世子又坐其下, 竝西面。
時系列・・・儀式前の話なのに、儀式後の宴の話を持ち出す。
位置関係・・・ホンタイジが北、仁祖が南なのに、ホンタイジが北、仁祖が東に座った宴の記述を出して反論。
結論、馬鹿解釈の言い訳に失敗。
>文章の中身は「諮問文=お伺い書。」
で、国対国の外交文書は、国書というのよ。(猛爆)
残念だが、国書でのやりとりなら、書曰と記載される。
以下は、三田渡の儀式前に国書が遣り取りされた際の記述。
其書曰:
屬者小邦宰臣, 奉書軍門, 有所稟請, 回稱, 皇帝將有後命, 小邦君臣, 延頸企踵, 日俟紱音, 今已浹旬, 迄無皀白。 勢窮情迫, 未免再鳴, 惟皇帝垂察焉。
>アホというしかないな。何処からそのような妄想が出て来るんだ?(猛爆)
普通に原文を訳し、論理的に解釈すればそうなると言うだけの話だがな。
まあ、お前がアホとか妄想と言うという事は、解釈が正しいというなによりの証左だわw
>関西地方の道臣が義州府尹の報告によって、礼部の咨文第2通信を上げた。
( ´,_ゝ`)プッ
第二通信ってwww
ほかにも、構文無視して上を上奏と訳したりとか、もう無茶苦茶(苦笑)。
まあ、まともに訳した事なんてほとんど無いけどな。
>中国語と朝鮮語の漢文は違うのよ。(猛爆)
上にも書いたが、文言文であるなら、中国の漢文も朝鮮の漢文も同じ。
そもそも、中国文化圏が形成できたのは、文化圏の中での漢文の文法が塔位置されていた事が大きなファクターであったわけだが、その中でも、朝鮮は中国文化の継承者を自認し、そのまま受け継ぐことを重視していた国な訳だ。
>朝鮮王朝実録は、戦争中に何処かに隠して行方不明になってるからな。後でまとめて書いてるから、日にちのズレが出るのよ。(猛爆)
仁祖実録が、記述後に遺失し、際記述されたという事実があるというならともかく、お前が引用した文では、仁祖実録に記述されている日付と清の日付のズレを正当化などでできんぞ暗愚。
大体、後でまとめて書くから日付がずれると言うなら、朝鮮王朝実録には史料価値など無い、どうしようもない文書と言うことになるわけだがな。
抗弁と言うのも憚られるような馬鹿発言だわw
>アホというしかないな。「禮畢=降伏式が終了した。」という意味。(猛爆)
仁祖が赦されてもいないのに、降伏式は終了したという。
アホと言うしかないなw
大体、お前の主張は中国と朝鮮の漢文は違うと言う物だが、なら「禮畢=儀式の終了」のソースである訓民正音配布の儀式の再現の案内も、朝鮮の解釈だから中国の解釈とは別ってことでソースとはなり得ないわけだがな。
その場凌ぎで声闘するから、自爆する羽目になる。
本当に愚かだな暗愚。
これは メッセージ 176595 (topics_jk さん)への返信です.
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