Re: アホタンロボ必死のすり替え
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/09/13 00:02 投稿番号: [175544 / 230347]
>>「龍胡入報, 出傳汗言曰: “前日之事, 欲言則長矣。 今能勇決而來, 深用喜幸。” 上答曰: “天恩罔極。” 龍胡等引入, 設席於壇下北面, 請上就席, 使芿人臚唱。 上行三拜九叩頭禮。」
↑
の引用だけでは、如何様にも翻訳できる、と何回も書いたがね?(猛爆)
>竜骨大が入り(仁祖一行の到着を)報告をし、出てきて汗が「これまでのことを語れば長くなる。だが、今は勇断したことを深く喜ぼう。」と仰っていると伝えた。
仁祖は「天恩の極みです。」と答えた。
竜骨大等に率いられて入ると、壇下に北面する席が設けられていて、仁祖がそこに就くと、使いの清人の号令が始まった。
仁祖は三拜九叩頭禮を行った。
としか訳せんよ。細部の表現については再考の余地はあるかもしれないがな。
龍胡は、仁祖を迎えに行った時に、皇帝の言を伝えているから、皇帝と仁祖の会話ね。
しかも「天恩罔極」は、上殿に対し使う言葉だからな。(猛爆)
↓
龍胡等致慰, 上答曰: “今日之事, 專恃皇帝之言與兩大人之宣力矣。” 龍胡曰: “今而後, 兩國爲一家, 有何憂哉? 日已晩矣, 請速去。”
>>順治十年(1653)八月十九日
順治帝行三跪九叩頭礼
↑
は
(誰々が)順治帝「に」三跪九叩頭礼を行った。と訳す。
上行三拜九叩頭禮も同じ。(猛爆)
素直に漢文を訳ば、こうなるのが普通だよ。(猛爆)<<
ウィキの引用部分だけでは如何様にも訳せるからな。(猛爆)
>はい、ダウト。
おまえが引用した、清太宗第十四女建寧公主(上)の順治十年(1653)八月十九日の実際の記述はこれ。
「三聲靜鞭響過,額丞H吳應熊入太和殿丹陛,[向順治帝行三跪九叩頭禮]」
[順治帝に向って三跪九叩頭禮を行った]
向があったらおまえの言うような訳は出来んから、向を取ったわけだ。<
これは、お前の馬鹿解釈の正当化のために行ったトリミングだが、そもそも「龍胡入報, 出傳汗言曰: “前日之事, 欲言則長矣。 今能勇決而來, 深用喜幸。” 上答曰: “天恩罔極。” 龍胡等引入, 設席於壇下北面, 請上就席, 使芿人臚唱。 上行三拜九叩頭禮。」が本当に如何様にも翻訳出来るなら、こんなトリミングは必要ないわな。
「向」が無ければ、「上行三拜九叩頭禮」も「順治帝行三跪九叩頭禮」も同じなのさ。(猛爆)
>朝鮮王朝実録に書かれている三拜九叩頭禮・清史稿に書かれている「三跪九拝如禮」と「伏地請罪」が、
ウィキに書かれている「三跪九叩頭之禮」と、
↓
手順
叩頭とは額を地面に打ち付けて行う礼である。写真は参考としての序ゥ頭(カイトウ、頭をたれて深く感謝を意味する場合にも使用される)である。
1. 「跪」の号令で跪き、
2. 「一叩(または『一叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
3. 「二叩(または『再叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
4. 「三叩(または『三叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
5. 「起」の号令で起立する。
これを計3回繰り返すので、合計9回、「手を地面につけ、額を地面に打ち付ける」こととなる。
↑
と同一手順を踏む礼であると、証明すれば済む話。(猛爆)<
qq_missile2氏のNo.175277より
さて、次の2つはどこが違うんだろう?
三拜九叩
ttp://www.tudou.com/programs/view/S5Xl3UgMVjA/
三跪九叩
ttp://v.youku.com/v_show/id_XMTU0Njk0MDY4.html
少なくとも、Wikiの記述にある動作を両方ともしているがな。<
三跪九拝
http://www.youtube.com/watch?v=FIcVLyLGKtw
行三跪九叩之禮
http://www.youtube.com/watch?v=PDdnNTBWAg8
色々で適当だな。しかし、おでこを叩きつけてはいないな。(猛爆)
>あと、
>清史稿に書かれている「三跪九拝如禮」と「伏地請罪」
って一緒くたにしているが、三跪九叩頭之禮等の礼は臣下の礼であって謝罪を意味する物ではないぞ。
そもそも、「伏地謝罪と記述があるだけで礼をしたと書いてないからWikiの記述は嘘」って論理展開してただろに(苦笑)。
ほんと、無駄な抗弁を続けるだけで猛烈に自爆だな。
お前には似合いだよw
ウィキの「三跪九拝如禮」は、百科事典だから「三跪九拝如禮」の作法を述べているわけだから、仁祖がどうしようと関係ないのよ。
三跪九叩頭之禮と「三跪九拝如禮」「伏地請罪」が同一と証明すれば済む話。(猛爆)
↑
の引用だけでは、如何様にも翻訳できる、と何回も書いたがね?(猛爆)
>竜骨大が入り(仁祖一行の到着を)報告をし、出てきて汗が「これまでのことを語れば長くなる。だが、今は勇断したことを深く喜ぼう。」と仰っていると伝えた。
仁祖は「天恩の極みです。」と答えた。
竜骨大等に率いられて入ると、壇下に北面する席が設けられていて、仁祖がそこに就くと、使いの清人の号令が始まった。
仁祖は三拜九叩頭禮を行った。
としか訳せんよ。細部の表現については再考の余地はあるかもしれないがな。
龍胡は、仁祖を迎えに行った時に、皇帝の言を伝えているから、皇帝と仁祖の会話ね。
しかも「天恩罔極」は、上殿に対し使う言葉だからな。(猛爆)
↓
龍胡等致慰, 上答曰: “今日之事, 專恃皇帝之言與兩大人之宣力矣。” 龍胡曰: “今而後, 兩國爲一家, 有何憂哉? 日已晩矣, 請速去。”
>>順治十年(1653)八月十九日
順治帝行三跪九叩頭礼
↑
は
(誰々が)順治帝「に」三跪九叩頭礼を行った。と訳す。
上行三拜九叩頭禮も同じ。(猛爆)
素直に漢文を訳ば、こうなるのが普通だよ。(猛爆)<<
ウィキの引用部分だけでは如何様にも訳せるからな。(猛爆)
>はい、ダウト。
おまえが引用した、清太宗第十四女建寧公主(上)の順治十年(1653)八月十九日の実際の記述はこれ。
「三聲靜鞭響過,額丞H吳應熊入太和殿丹陛,[向順治帝行三跪九叩頭禮]」
[順治帝に向って三跪九叩頭禮を行った]
向があったらおまえの言うような訳は出来んから、向を取ったわけだ。<
これは、お前の馬鹿解釈の正当化のために行ったトリミングだが、そもそも「龍胡入報, 出傳汗言曰: “前日之事, 欲言則長矣。 今能勇決而來, 深用喜幸。” 上答曰: “天恩罔極。” 龍胡等引入, 設席於壇下北面, 請上就席, 使芿人臚唱。 上行三拜九叩頭禮。」が本当に如何様にも翻訳出来るなら、こんなトリミングは必要ないわな。
「向」が無ければ、「上行三拜九叩頭禮」も「順治帝行三跪九叩頭禮」も同じなのさ。(猛爆)
>朝鮮王朝実録に書かれている三拜九叩頭禮・清史稿に書かれている「三跪九拝如禮」と「伏地請罪」が、
ウィキに書かれている「三跪九叩頭之禮」と、
↓
手順
叩頭とは額を地面に打ち付けて行う礼である。写真は参考としての序ゥ頭(カイトウ、頭をたれて深く感謝を意味する場合にも使用される)である。
1. 「跪」の号令で跪き、
2. 「一叩(または『一叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
3. 「二叩(または『再叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
4. 「三叩(または『三叩頭』)」の号令で手を地面につけ、額を地面に打ち付ける。
5. 「起」の号令で起立する。
これを計3回繰り返すので、合計9回、「手を地面につけ、額を地面に打ち付ける」こととなる。
↑
と同一手順を踏む礼であると、証明すれば済む話。(猛爆)<
qq_missile2氏のNo.175277より
さて、次の2つはどこが違うんだろう?
三拜九叩
ttp://www.tudou.com/programs/view/S5Xl3UgMVjA/
三跪九叩
ttp://v.youku.com/v_show/id_XMTU0Njk0MDY4.html
少なくとも、Wikiの記述にある動作を両方ともしているがな。<
三跪九拝
http://www.youtube.com/watch?v=FIcVLyLGKtw
行三跪九叩之禮
http://www.youtube.com/watch?v=PDdnNTBWAg8
色々で適当だな。しかし、おでこを叩きつけてはいないな。(猛爆)
>あと、
>清史稿に書かれている「三跪九拝如禮」と「伏地請罪」
って一緒くたにしているが、三跪九叩頭之禮等の礼は臣下の礼であって謝罪を意味する物ではないぞ。
そもそも、「伏地謝罪と記述があるだけで礼をしたと書いてないからWikiの記述は嘘」って論理展開してただろに(苦笑)。
ほんと、無駄な抗弁を続けるだけで猛烈に自爆だな。
お前には似合いだよw
ウィキの「三跪九拝如禮」は、百科事典だから「三跪九拝如禮」の作法を述べているわけだから、仁祖がどうしようと関係ないのよ。
三跪九叩頭之禮と「三跪九拝如禮」「伏地請罪」が同一と証明すれば済む話。(猛爆)
これは メッセージ 175531 (asianrobo さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/175544.html