民族と言う言葉は
投稿者: kakuiu 投稿日時: 2002/10/09 18:16 投稿番号: [1754 / 230347]
一説には、nationをもとに作られた和製漢語だと言われています。個人的には、明治維新後しばらくして、近代日本の領土内の単一性を説明づけるために用いられた言葉のように思います。
当時の日本人と言う概念は国民意識だけではなく、民族意識をも背景にしていました。だとすると、日本列島の民衆が末端に到るまで日本人という自覚を持つようになったのは、明治以降ではなかったかと思うのです。民衆が明治国家の教育を受け、近代社会システムの中で生活し、日清・日露の対外戦争を経験する中で、民衆は日本人と言うアイデンティティーを持つようになったと思うのです。
それと同様のことが、併合され日本の領土となった台湾・朝鮮半島でも起こったのではないでしょうか。極端な言い方をすれば、末端の民衆が日本人と言う自覚を持ち始めるという点では、日本列島と台湾・朝鮮半島との間には数十年のタイムラグしかなかったとも思うのです。
そして、朝鮮半島において最も日本人という意識が高揚したのは、実は彼らが日本国民として初めて本格的に経験した対外戦争である第二次世界大戦の時だったと思います。その表れが、朝鮮半島で特別志願兵制度を実施した際の何十万もの応募者数だったのではないでしょうか。
そして戦後、今度は「韓国人としての民族意識の浸透」という形で、朝鮮半島の人々は再び同じプロセスを経験したように思います。国家による教育(歴史・民族教育)・近代社会システム・対外戦争(朝鮮戦争)を通じて新たに民族意識を形成し直したのではないでしょうか。
もしかしたら韓国建国当時の為政者達は、経済運営だけでなく民族意識形成の仕方についても近代日本を参考にしたのかもしれません。ただ韓国に特有なのは民族意識の再形成にあたって反日が大いに利用されたことだと思います。
いずれにしても、国家規模の民族意識というものは程度の差はあってもどこの国でも少なからず人為的な側面を持つものだと思います。
>南北が競い合って反日感情を盛り上げようとしているように見えるのは、どちらが正統政府かという朝鮮半島の特殊な事情によるものでしょう。
全く同感です。戦後、韓国国内で為政者達が政敵を親日派と非難してきたのと同様の事が、北朝鮮と韓国との間で国家規模で行われるのでしょう。こうして見ると韓国における『反日』には、朝鮮の何百年にも渡る伝統である『党争』を勝ち抜くための手段としての側面があるのかも知れません。
例え韓国の政界で『反日』が強く叫ばれたとしても、反日そのものが目的なのではなく手段として利用されているのだと思えば、日本としても冷静に対処できるのかもしれません。
ただ、その「手段としての反日」を教育で子供の頃から刷り込まれ本気で信じ込んでしまっている戦後世代にとっては、『反日』は目的そのものであるかもしれず、その点に関しては気が重いとしか言いようがありません。
当時の日本人と言う概念は国民意識だけではなく、民族意識をも背景にしていました。だとすると、日本列島の民衆が末端に到るまで日本人という自覚を持つようになったのは、明治以降ではなかったかと思うのです。民衆が明治国家の教育を受け、近代社会システムの中で生活し、日清・日露の対外戦争を経験する中で、民衆は日本人と言うアイデンティティーを持つようになったと思うのです。
それと同様のことが、併合され日本の領土となった台湾・朝鮮半島でも起こったのではないでしょうか。極端な言い方をすれば、末端の民衆が日本人と言う自覚を持ち始めるという点では、日本列島と台湾・朝鮮半島との間には数十年のタイムラグしかなかったとも思うのです。
そして、朝鮮半島において最も日本人という意識が高揚したのは、実は彼らが日本国民として初めて本格的に経験した対外戦争である第二次世界大戦の時だったと思います。その表れが、朝鮮半島で特別志願兵制度を実施した際の何十万もの応募者数だったのではないでしょうか。
そして戦後、今度は「韓国人としての民族意識の浸透」という形で、朝鮮半島の人々は再び同じプロセスを経験したように思います。国家による教育(歴史・民族教育)・近代社会システム・対外戦争(朝鮮戦争)を通じて新たに民族意識を形成し直したのではないでしょうか。
もしかしたら韓国建国当時の為政者達は、経済運営だけでなく民族意識形成の仕方についても近代日本を参考にしたのかもしれません。ただ韓国に特有なのは民族意識の再形成にあたって反日が大いに利用されたことだと思います。
いずれにしても、国家規模の民族意識というものは程度の差はあってもどこの国でも少なからず人為的な側面を持つものだと思います。
>南北が競い合って反日感情を盛り上げようとしているように見えるのは、どちらが正統政府かという朝鮮半島の特殊な事情によるものでしょう。
全く同感です。戦後、韓国国内で為政者達が政敵を親日派と非難してきたのと同様の事が、北朝鮮と韓国との間で国家規模で行われるのでしょう。こうして見ると韓国における『反日』には、朝鮮の何百年にも渡る伝統である『党争』を勝ち抜くための手段としての側面があるのかも知れません。
例え韓国の政界で『反日』が強く叫ばれたとしても、反日そのものが目的なのではなく手段として利用されているのだと思えば、日本としても冷静に対処できるのかもしれません。
ただ、その「手段としての反日」を教育で子供の頃から刷り込まれ本気で信じ込んでしまっている戦後世代にとっては、『反日』は目的そのものであるかもしれず、その点に関しては気が重いとしか言いようがありません。
これは メッセージ 1750 (aoiparrot01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/1754.html