Re: 古代日朝史の真実
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2010/08/16 23:21 投稿番号: [173541 / 230347]
>607年には隋の国王に対して、聖徳太子が有名な「日出づる処の天子,書を日没する処の天子に致す
恙無(つつがな)きや」(「隋書倭国伝」による)という文書を送った事実が示すように、この時点で日本は中国の属国ではなく対等の独立国家としての誇りを示し、中国もそれを認めた。
新唐書
咸亨元年、遣使賀平高麗。後稍習夏音、惡倭名、更號日本。使者自言、國近日所出、以為名。或云日本乃小國、為倭所并、故冒其號。
咸亨元年(670年)、遣使が高麗平定を祝賀。後にやや夏音(漢語)を習得し、倭名を憎み、日本と改号した。使者が自ら言うには、国は日の出ずる所に近いので国名と為した。あるいは、日本は小国で、倭に併合された故に、その号を冒すともいう。
↑
百済から文字が伝播し漢字を習得したから、漢字の意味が理解できて日本と改号した事や、倭に併合されたから国号を変えた、とも書かれているな。
従って、日本は朝鮮半島の倭に占領されたから、当然、国王は朝鮮半島から来た大王、後の天皇と言うことになるね。(猛爆)
これは メッセージ 173540 (can_tama_birey さん)への返信です.
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